貸しボート屋にボートを返して、町歩きを再開したフィアナたち。そんなふたりの耳に、明るい呼び声が飛び込んできた。

「よってらっしゃい、遊んでらっしゃい! 豪華プレゼントが盛りだくさんだよ!」

 子供から大人まで、とある出店の前で人々がやいのやいのと盛り上がっている。人垣の向こうでは何かゲームをやっているのか、感嘆の声だったり、声援だったりが飛び交っている。

「5、4、3、2、1、ゼロ!! はぁい、結果は! おおぉぉっと、合計26ポイント! すぅばらしい! ナァイスファァイッ!!」

 わっと拍手が起こるなか、主催者が次の挑戦者を募る。その盛り上がりように、フィアナは思わず足を止めた。

「エリアスさん、あれって……?」

「ああ。リッキーチャレンジですよ。そっか、今年もここでやっているんですね」

「リッキーチャレンジ……? なんです、その愉快な名前??」

「ほら。ちょうど始まりますよ。ちょっと見ていきましょうか」

 エリアスに促され、ちょうど空いた人垣の隙間へと入る。すると、わらわらと群がる人々の向こうで、ひとりの小さな女の子が勇ましく水色の台の前に足を踏み出したところだった。

 女の子の手には、おもちゃのハンマーのようなものが握られている。そして、台のほうにはいくつも穴ぽこが開いていた。

 穴だらけの台と、おもちゃのハンマー。これで一体、何をするんだろう。そう思って見守っていると、主催者のおじさんが小さな旗を振り上げた。

「準備はいいかい、お嬢ちゃん? それじゃあ、スタァァトッ!」

 途端、台の穴から黄緑色の何かが飛び出した!

 戸惑うフィアナの目線の先で、穴から次々に黄緑色の何かがぴょこんと飛び出し、中に引っ込んでを繰り返す。それをおもちゃのハンマーで、女の子が夢中になってぽこぽこと叩いていた。

 あっけにとられて見ていると、エリアスがにこにことほほ笑みながら教えてくれる。

「リッキーチャレンジでは、穴から飛び出すリッキーの頭を叩いてポイントを稼ぎ、景品をゲットするゲームです。ちなみに、あそこに張り出してあるのがこれまでの上位記録で、見事記録を打ち破ったひとには特別なプレゼントが用意されているんですよ」

「結構大掛かりなんですね。ゲーム自体はめちゃくちゃ簡単そうに見えますけど」

「ところがどっこい、侮るなかれ! リッキーチャレンジは、こう見えて奥が深いんです。飛び出すリッキーを捉える動体視力! 狂いなく迅速に動く反射神経! 短いようで長い制限時間を持ちこたえる体力! おまけに台の下には黒子が隠れていて、挑戦者の力量に合わせて難易度を上げてくるという鬼畜ぶりなんです!」

「ちょっと今、聞き捨てならないネタばらししましたね? ダメですからね、小さい子たちの夢を壊しちゃ」

 台の中に黒子なんていない。いないのである。

 しかし、相手に合わせて難易度を上げ下げしているのは本当らしい。現に女の子のゲームが終わり、続いて屈強な男が台の前に立った途端、今しがたののほほんとした平和な空気は瞬時に霧散した。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 逞しい雄たけびと共に、男が目にも止まらぬ速さでハンマーを振るう。しかし、追いかけられるリッキーの方が速度は上。顔を出したかと思えば目にも止まらぬ速さで引っ込み、間一髪の見事な間でハンマーの一撃を逃れている。

「え……? ええ……っ!?」

「ほう。これはなかなか。中のひと、また腕を上げましたね」

 わかったような顔でエリアスが唸っているが、それどころではない。そうこうしているうちに無情にも制限時間が終わり、筋骨隆々なるチャレンジャーは空しく地に足をつけて項垂れた。

「この緊張感、この迫力。チャレンジャーたちを容赦なく屈服させる様は、まさに湖の王者です。ごらんください、フィアナさん。リッキーの、あの威厳に満ちた姿を!」

「そう、ですね……?」

 穴からぴょこんと覗いている、黄緑の頭にまん丸の目が付いたリッキー人形の頭を、フィアナは複雑な表情で見つめた。なんとも愛らしく無害そうな見た目なのに、先ほどの激戦を見た後だと、とてつもないオーラを背負っているように見えるから不思議である。

(あんな速度でプレーする、記録保持者の数字って一体……?)

 恐々と、フィアナは歴代上位者の番号が張り出された木製ボードへと視線をずらす。すると、とんでもない数字が目に飛び込んでくる傍ら、ボードの前に各種景品が並べられていることに気づいた。

 そのうちのひとつ――「参加賞:得点50点オーバー」という札のついた景品に、フィアナの目は釘付けになった。

(あれ……!)

 そこには湖の主、リッキーの子犬サイズほどのぬいぐるみがあった。

「……エリアスさん。リッキーチャレンジのコツ、教えてください」

「え?」

 一歩足を踏み出したフィアナに、エリアスが首を傾げる。きょとんと瞬きをする彼を、フィアナは静かな闘志をみなぎらせて見上げた。

「次の挑戦者、私がエントリーします」





〝リッキーのぬいぐるみ。あれは大層、手触りが良いのですよ〟

 すいすいとボートを漕ぎながら、エリアスは懐かしそうに目を細めた。

〝ふわふわとして、やわらかくて。抱き心地がすごくいいんです。ああ、もちろん! 天使で女神でマイスウィートハニーなフィアナさんには負けますけど〟

〝ぬいぐるみと比べられても。そのぬいぐるみ、まだ持っているんですか?〟

〝いえいえ。随分前にボロボロになってしまい、捨てられてしまいました。ですが、結構粘ったのですよ? どこか解れるたびにダウスにお願いして縫ってもらって。……のほほんとした顔に愛嬌があって、なんとも可愛かったんですよ。フィアナさんもきっと、見たら気に入ってくださったでしょうね〟

 ――間違いない。

 まん丸の目にぽかんと口の開いた、どこか惚けて見える顔。台の穴から飛び出すのと同じ、黄緑色のボディ。子供が抱きかかえるのにちょうどよい、子犬ほどのサイズ。

 かつて幼いエリアスがお気に入りだったのと、同タイプのぬいぐるみだ。

「お嬢ちゃん、お名前は? どこから来たんだい?」

 前に進み出たフィアナに、主催者の男がおもちゃのハンマーを差し出しながら笑いかける。それを受け取りつつ、フィアナは強い目で相手を見返した。

「フィアナです。王都サンルースから来ました」

「ようこそ、フィアナちゃん! ところで、リッキーチャレンジは初めてかな?」

「はい。だけど、欲しいものがあるので頑張ります」

「ほう。ほう、ほう、ほーぉう?」

 主催者の男の目が、きらりと光った。

「いい心がけだぜ、フィアナちゃん。ずばぁり、目標ポイントはいかほどで?」

「50点」

 おお!と歓声が響く中、フィアナはちらりと人垣を――その先頭で目をぱちくりとさせつつも、いつの間に調達した小さな応援旗をふりふりと揺らすエリアスを、盗み見た。

(リッキーのぬいぐるみもエリアスさんの大事な思い出。だったら……!)

「初めてなんて、関係ない! 必ず50点ぶんどって、リッキーぬいぐるみを手に入れてみせます!」

 わぁぁぁと歓声が上がるなか、フィアナはびしりと水色の台を指さしたのだった。