「さあ! 可愛いうさぎのギフトを手にするのは誰だ? エッグハント、スタートだ!」
シャルツ王の高らかな宣言により、ゲームの火蓋が切られる。ゲストたちはにこやかに談笑しながら、緩やかに余興に乗り出し始めた。
そんな中、一人だけ本気度の違う男がいた。
(エッグハントといえば、芝生の草の合間や、物陰に卵を隠すのが定石……。しかし、今日の参加者はあくまでお偉方やその連れで、皆が着飾っている。と考えると、うっかり踏んでしましそうな芝生や、服が汚れる危険性のある生垣の合間といった場所は避けるはず。だとすると、あり得る場所としては……!)
「ここか!」
「ここです!」
「ここ!!」
おおおと人々がどよめく中、テーブルの下や飾られた花の合間、バスケットのフルーツの下から、次々とエリアスが卵を見つけていく。だが、わいわいと称賛する人々とは裏腹に、エリアスの表情は晴れない。なぜなら、見つかる卵はピンクや黄色、水色といったほかの色ばかりで、目当ての黒が見つからないのだ。
(おかしい……なぜ、ほかの色の卵しか出てこないのでしょう。まさか、黒の卵だけは、私が敢えて外していたような場所に隠してあるのでは……?)
「あったぞ!」
その時、生垣の合間に潜り込んでいた一人の青年が、もぞもぞと這いだしながら何かを掲げた。エリアスはすかさず走り寄っていくと、前のめりに声を掛けた。
「失礼ですが、何色ですか!? もし黒でしたら、私の卵と交換いただけませんか!」
「え、ルーヴェルト宰相!? あ、その、ピンクです」
どことなく見覚えのある青年――実は儀典室の文官Aである――が、ぎょっとしつつ、見つけた卵を差し出す。エリアスは一転して興味をなくしたように嘆息すると、ついでに自分の見つけた卵をぐいと押し付けた。
「ハント成功おめでとうございます。あと私の卵あげます。黒以外は不要ですので」
「こんなに!? 待ってください、宰相! ルーヴェルト宰相!?」
すでに次の卵を見つけることに意識がいっているエリアスは、すたすたと歩き去る。そして、ちょっと高めの位置にある木の祠や植木鉢の下など、今度は少々ひねった場所を探し始めた。
そんなエリアスをバルコニーで頬杖をついて見おろすシャルツは、やれやれと苦笑した。
「おー、おー。引くほど真剣だな、エリアスの奴」
「ルッツさ……陛下が、エリアスさんを煽ったんじゃないですか」
「陛下だなんて、遠いなあ。シャルツでいいよ、子猫ちゃん」
「無茶言わないでくださいよ……」
フィアナは半目になって抗議するか、シャルツは声を上げて笑うだけだ。
「驚かせちゃったことは謝るけど、そんなに無茶かなぁ? エリアスだって、俺の一の部下で、宰相だぜ。けれどもエリアスは君の中で、ただのエリアスだろ?」
「それはだって、エリアスさんが……っ」
反論しかけて、フィアナは言葉を飲み込んだ。赤面しつつ視線を泳がせていると、シャルツがくすりと笑みを漏らし、助け舟を出した。
「あいつは特別?」
「……はい」
「そ。よかった」
にこりと笑うと、シャルツは再びエリアスに視線を戻す。そして頷いた。
「うん、いい頃合い。そろそろ見せてやってよ、フィアナちゃん」
さて。一方のエリアスは焦っていた。
ない。ことごとく、黒の卵がない。ほかの色の卵はごろごろ見つかるのに、黒の卵だけが一向に出てこない。
こうなると、黒の卵はよほど希少性が高く、しかも見つけづらい場所に隠してあるとみえる。下手をすれば、この広い会場で一個かもしれない。もし仮にそんな卵が、他人の手に渡ってしまったら。
〝おお! レアなエッグをよく見つけたな! そんなお前には、ここにいる黒うさぎからの特別なギフト――ほっぺにキスの、プレゼントだ!〟
(ダメです、ダメです! そんな光景を見るくらいなら、地獄の業火に身を焼かれたほうがマシです!)
あの人ならやりかねない。かくなるうえは、直接王を倒して、エッグの隠し場所を吐かせるしか――。そのようにエリアスが危険思想に陥りつつ、バルコニーを見上げた時だった。
(……ん? フィアナさんが、私に合図を?)
ほかのゲストに気づかれないように、小さく手を振るフィアナに、エリアスは首を傾げた。というか、耳つき姿でちょこちょこ手を振る姿は一周まわってあざとい。あざといが、本人はいたって真面目なのがまた可愛い。天使みがすぎる。そう、エリアスは悶えた。
すると、エリアスが自分を見ていることに気づいたフィアナが、ごそごそと自身のバスケットを探る。そして、何かを取り出してひょいと掲げた。
(あ、あれは……!)
はたして、フィアナの手には黒の模様が塗られたエッグがあった。
目を丸くするエリアスの視線の先で、フィアナはすぐにバスケットに卵をしまう。そして、くるりと背中を向けると、ぴょんと飛び出すようにバルコニーから城内へと駆けだした。
(なるほど、そういうわけですか)
残されたエリアスは、小さく笑みを漏らした。
エッグハントに用意された黒の卵は、やはりひとつのみ。唯一のそれは、ほかでもない黒うさぎの持つバスケットの中に隠されていたのだ。
だとすると、勝利条件は黒の卵を見つけることではない。黒うさぎ、もといフィアナを捕えるのがエリアスにとってのゴール。つまり、これは。
(フィアナさんと私、ふたりだけの鬼ごっこ、ですね)
周囲がエッグ探しに夢中になる中、エリアスはひとり足先を城内へと向ける。そして、ゲームに興じる人々の合間を縫って駆けだした。
城内へ駆け込み、廊下へと出る。正面にある大階段を見上げると、ひょこりと黒いうさぎの耳が揺れていた。
「私です、フィアナさん!」
呼びかけると、うさぎ耳はひょこんと跳ねる。続いて、タタタタッと遠ざかる足音がした。それに誘われるように、タンと地を蹴ってエリアスも階段を登り始めた。
――ずっと、こうやって追いかけっこをしてきた気がする。
彼女に拾われ、恋に落ち。時に真剣に、時にからかい、何度となく戯れながら、大切に大切に少しずつ距離を縮めて。
そうして、あと一歩。手を伸ばせばそこに、貴女がいるのに。
(どちらの廊下の先にも、扉が……フィアナさんは、いまどこに?)
階段を上った先で、きょろきょろと首を振る。その視界に、とある部屋の扉が薄く開いているのが映る。そこから覗く黒いうさぎ耳をみとめて、エリアスは再び駆けだした。
たとえ貴女が不安だと逃げても。自分は絶対に、この足を止めることはできない。
なんと身勝手だと、我ながら思う。そこに彼女の意志は関係ない。ただただ彼女を欲しいと狂おしく願う、シンプルなエゴイズム。
けれども、もし、一欠けらでも。貴女がその心を、預けてくれるというのなら。
「ここですね、フィアナさん!!」
扉の空いていた部屋に飛び込み、エリアスは叫ぶ。
はたして、薄暗い部屋の奥にフィアナはいた。
若干の幼さの残る面立ちに反して、凛としたしなやかさを感じさせる大きな瞳。まるで月夜に悠然と佇む猫のように、窓の外から柔らかに降り注ぐ光に照らされて、彼女は静かにまっすぐにエリアスを見つめる。
ああ、やっぱり。たまらなく、貴女が好きだ。
なぜだか泣きたいような気持ちになって、エリアスは両手を広げた。
「ゲームセットです、フィアナさん。大人しく私に、捕まってください」
「――逆ですよ」
きらりとフィアナの目が輝き、エリアスは「ん?」と小首を傾げる。次の瞬間、フィアナがびしりとエリアスを――正しくは、エリアスの背後を指さした。
「キュリオさん、今です!」
「あいあいさ!」
ばたんと背後で扉が閉まり、影に隠れていたキュリオが飛び出す。彼がぽかんと目を丸くしている隙に、キュリオは手早くエリアスを捕えると、ぐるぐると縄でエリアスの手を後ろで縛った。
「えっと? あの? フィアナさん?」
展開についていけず、エリアスはおろおろとふたりを順番に見る。そんな彼の胸を、フィアナがトンと押す。そうやってソファに座らせながら、彼女は得意げに微笑んだ。
「ゲームセット。これにてハント成功です」