「東京に住居を移すと決めた時、花はもう成人して、社会人になっていた。そのまま地元に残って充分一人暮らし出来る年齢だったにも関わらず、俺の勝手で、こっちに連れてきてしまった。幼い頃の親の転勤なら、そこからまた、友人関係を築くことも可能だ。でも花の場合は、築き上げたものを全部置いてくる結果になった。
まあ、転勤なんてそんなものなのかもしれない。でも、俺は長年住み慣れた家を処分してここへ移り住むことにしてしまったんだ。
……その時に花に泣かれたことは、父親として結構堪えた…。」

お父さん…

「それでも、こっちに移り住んでから、花は気丈にもコーヒーハウスの設営に奮闘してくれた。
でも、置いてきた人間関係はそのままだ。ここへ来てから寿貴くんに出会うまでは、花に友達らしい友達はいなかった。仕事が終わってから食事に行くような友達もいないまま年月が過ぎて行った。俺は、過保護だと言われようと、気にせず構いまくったよ。花が少しでも寂しくないように、毎日コーヒーハウスに顔を出したし。家族で飲みに行くこともあった。もう絶対に泣かせたくなかったんだ。
……でも正直なところ、結婚して子供でも出来ない限り、仕事一辺倒の生活では人間関係を広げることはできないと思っていた。」

「……」

「幸い、花はコーヒーハウスの運営に積極的で、多くの企画を提案して、仕事に夢中になってくれていた。
せめて、好きなようにさせてやりたい思いもあって、その結果が、A terraceに結びついただけなんだ。つまりは、負い目だな。」