「やっとそれから主人公と話し始める」



改めて言い直されたその言葉は僕の耳によく残った。



「全く台本に載ってないことだし、そのカットは合わせて3秒にも満たないと思う。

なんなら撮影されても、使われるかは分からない。


でもだからって台本を読んでいるだけではダメなの。カメラが回っている間は完璧に玲子じゃなきゃならないの」



君が本気で演技に向き合っているのは知っていたけれど、改めて言葉にして聞くとその理解が足りていなかったのだと思い知る。



「あなたとコーヒーが飲めて幸せって思う前に、私は玲子のことを考えていた」



僕はその先に続く言葉に備えて、心をありったけの盾で覆った。



「それで気づいた。今の私はあなたよりも玲子を優先したい」


身勝手でごめん、君は男らしく、でもやっぱり優雅な所作で頭を下げた。


速くなる鼓動と冷たくなる指先。



君を失いたくない、失いたくないに決まっているけれど、猛スピードで階段を駆け上がってメインストリームを歩いていく君の足を、僕のような人間が引っ張っていい筈も無かった。




乾いた唇を湿らせて、僕は精一杯強がることを選んだ。


心の盾はまだなんとか破れずに原型をとどめている。