あの日、別れ際には微笑みあって再会の約束をした。


 だけどきっと、わたしがそうであったように、ルーカスも本心からの笑みではなかったに違いない。ダンスで寄り添っている時にも微笑みを浮かべてはいたもののなんだか複雑そうな顔をしていたし、直前に表情を取り繕っていたのも分かっている。……分かっているの。ルーカスのことなら、何年もそばにいたのだもの。

 彼はわたしに、子供のままでいてほしいのかしら。
 伯爵夫人になるためにと努力してきたことは、貴族の子女である以上、必要なことには間違いがないはずだけど。

 どうにも気が滅入って、集中出来ない本をテーブルの上に手放し、窓から流れ込むよそ風に目を閉じる。
 デートの約束が明日に迫ってきているからこそ、一層落ち着かない自分には気づいていた。

 これまでこんな気持ちになることはなかった。優しいもう一人の兄様に会えることが楽しみで、わたしたち兄妹には適性のない魔導の力を見せてもらったり、剣術の試合を応援に行くだけでも楽しかった。お兄様とはまた違うあたたかさで包み込んでくれていたから。


「お嬢様、ルーカス様からお便りのようです」


 ノックとともにドアの向こうから掛けられた声。いつの間にか手元に落ちていた視線を上げ、どうぞ、と入るよう促す。
 入室したナディルの左腕にとまった白い小鳥が、ふわりわたしのもとへと羽ばたいた。テーブルに止まった小鳥は「エヴィ、エヴィ」と鳴いたかと思うと、瞬きの間に手紙へと変じた。