「淑女教育ですか?」
興味を引かれたエヴィはアンヌ嬢の話に耳を傾ける。
もともと関心を抱いていた相手の話だ、徐々に緊張感も和らぎ楽しげな表情になっていく。エメリス家に嫁ぐに相応しい女性になろうと淑女らしい振る舞いを教わっているところで、教師役は我が家の使用人である元令嬢のセイラであること、そして、
「ルーカス様にはおかしなところがないか確認をしていただいております」
と、本題ど真ん中に至る事実までもを放り込んできた。
「そんな大事な役割を?」
エヴィはきょとんと、ひさしぶりに苦痛や作り笑いなど何の感情も載っていない素顔を私に向ける。長年ずっと見てきたのと変わらない表情に少なからず安堵して、緩みそうな気持ちと高まる緊張という矛盾した感覚を抱え、静かに深呼吸。
アンヌ嬢はそのまま私がそれを担う理由を述べて、たまに隣のエンリックを軽く睨みながら、エヴェリンを安心させるようふわりと微笑んでみせた。
「先月あたりからカフェや劇場などに同行していただいて、」
「ルーカスには随分と甘えてしまったけどね」
結果的に言うと、当初考えたよりもとんだ迷惑だった。
母上に命じられたとはいえ、エンリックに頼られたとはいえ、二人のデートに同行さえすればいいのだろうと簡単に考えた自分の判断を何度後悔したか知れない。
エヴェリンは何か物思うように静かに話を聞いていた、かと思うと、不意に息を呑んだ。
「エヴィ、」
「そうだ、エヴェリン様。お庭を案内していただけませんか?」
彼女がすべてを、とはいかずとも、会話から私や自身の置かれた状況を察したのは明白だった。噂の真相を。
アンヌ嬢が話を切り出した時点でこうなることは当然予想がついた。しかし、きちんと話をする前に理解された、それは私にとって予定外ではあって咄嗟に名前を呼ぼうとしたけど……
動揺しているエヴェリンの耳には入ってはいない様子で、アンヌ嬢に誘われるまま席を立つ。
「ほら、ルーカス!」
綿密に立てていた訳でもないのに予定とは異なる展開に戸惑う私を、エンリックは肩を叩くことで我に返す。
「潔白を信じてくれそうじゃないか?」とお気楽ながら勇気づけるよう向けられる笑みに頷いて、彼らが作ってくれた好機なのだと呼吸をひとつ。改めて彼女と向き合う気持ちを整え、私は立ち上がった。