目を閉じて、深呼吸――。
思い浮かぶのはどうしたって直近に見た硬い表情だけど、首を振ってエヴィの笑顔を思い出す。そうすれば連鎖的に楽しい思い出があふれて、自然と気持ちが奮い立つ。
「今日はよろしく頼むよ」
「え、ええ」
ランドール家のタウンハウスに呼び出されたエヴェリンは戸惑ったまま、だけど彼女が逃げ出さないこと、前回会った時ほど悪い顔色ではないことに胸を撫で下ろす。
エンリックの婚約者の友達になってほしい、という名目で呼び出したのは正解だったかもしれない。自分だけが頼りだと言われたら、優しい彼女が放り出すなんて出来ないことは分かっていた。騙すようで少々気が引けたが、それもすべてが偽りというわけではない。
アンヌ嬢は庶民の生まれ、エンリックがいかに惚れ込もうとも、アンヌ嬢自身がどれだけ努力しようと、変わらない事実がそこにある。今でこそ少ないながらに身分を越えた婚姻は存在するとはいえ、未だ生まれこそがすべてだと頑として認めない人間も多い。そんな貴族社会では苦労するであろうことは目に見えている。下手をすればいつまでも認められない可能性だってあるだろう。
だからこそ、二人には味方が必要だった。特にアンヌ嬢に寄り添える、支えとなれる存在が。表立って宣言するわけでなくとも、見ていてくれる誰かがいるというだけで心強いものだろう。私自身、なんだかんだと言いながらも見守ってくれたセルジオや、分かってくれた旧友たちに、今回どれほど救われたか。
とはいえ仲良くしろと強要するつもりはない。エヴィとリックは友達ではないし、それこそ私と結婚しないのであれば無関係だ。話を聞いて会ってみたいとは思っていても、実際に対面してみればどうにも合わないということもあるかもしれない。それならそれで、顔見知りになるだけで構わない。まあ、私の見立てでは大丈夫だろうと思っているし、だからこそ呼び出す理由として顔合わせを兼ねたのだが。
「ようこそお越しくださいました」
エメリス家の馬車から降り立ったエンリックとアンヌ嬢を出迎えるエヴェリンは、ほとんど自宅同然に過ごしてきただけに自然な振る舞いで、問題など何もなかったのではと錯覚してしまいそうになる。
二人を迎えるにあたっての采配も、慣れていないだろうに懸命にしてくれ、その様はすでに女主人であり使用人たちも彼女の指示を当然として従う。いずれ彼女がその立場になるのだと、使用人たちも来たる日を楽しみにしていたのだから……今回の件では何がどうしてそうなったのかと、彼らの呆れた視線に身の置き所がないほどだった。さすがに直接口にする者はなかったが、批判されたところで反論は出来なかっただろう。