「セイラの指導は済んでいるのよ。あとは場馴れだと思うのよね」
「母上、だから私は予定があるのだと言っているんです」
聞いてくれ、頼むから。
会話の噛み合わなさに頭痛を覚えて頭を抱える。ノリで我が子の婚約を決めるだけあって自由人なのは今更ではあるけど、それにしたって。
「……私の優先順位、知ってますよね?」
「それで終わるなら、あなたの価値はその程度だったってことでしょう?」
こんな無茶振りは初めてレベルだ。息子に対する暴言まで飛び出して、あんまりな言い様に項垂れるしかなかった。
アンヌ嬢の淑女ぶりは板についてきたというが、外での実践はほぼ初めてとくれば確かに助けは必要だろう。リックにフォローを求めるのはきっと無理だ、いや絶対無理だ。
明日を待ち遠しく思っていただけにため息は重いが、よくよく聞けば母上も外せない予定が入ってしまったということだし、その皺寄せを何故私が受けなければならないのかは疑問でしかないけど、まあ一度だけなら。
……ああ、仕方がない。
エヴェリンには手紙より早急に届く手紙鳥で、急ぎ約束のキャンセルを伝えなければ。何がどうしてこうなったかなんて自分でもまだ理解が追いつかず、ひとまず書くのは断念した。今度会った時に話せばいい。出来ることなら、明日の約束を今日これからに変更してもらえたならとの考えも過ぎったけど、さすがに急過ぎるだろう。
……なんて、急だと呆れられたとしてもすぐに彼女のもとへと駆けていれば、そう、なんだってあとから思うものなのだ。