「アンヌと申します。お会い出来て光栄です」
「仲良くしてね、僕の婚約者なんだ」
「嘘です。まだですから」
「時間の問題だろう? だからこそオルレア嬢との場を設けたんじゃないか」


 ……いったい何がどうして、わたしはここにいるのかしら。


 目の前で繰り広げられる痴話喧嘩と呼ぶにも可愛らしい遣り取りをしているのは、ルーカスのお友達であるエメリス様とその恋人。
 アンヌ様は、優しい笑顔の女性。ショコラのような髪は艶やかにまとめられ、青灰色の瞳は美しく、やわらかな物腰で、そうと知らなければ名のあるお家柄のご令嬢、ご婦人にしか見えない。

「つれないところも可愛いでしょう。僕のアン」

 さらりと惚気けてみせるエメリス様は自慢げで、小さく睨むアンヌ様も満更ではないのが初対面のわたしの目にも明らか。素敵なご夫婦になるのだろうなと、羨ましく思えた。

「いつまでも立ち話をしていても仕方ない。食事を用意しているから入ってくれ」

 ルーカスとともにわたしが彼らを出迎えたのは、庶民として生まれた彼女が貴族社会に入るにあたり社交界に馴染めるよう知り合いを作りたいとのことで、白羽の矢が立ったからだった。
 正直他人のことを気遣っている場合ではないのだけれど。ルーカスとは変わらず気まずい距離感のまま、彼らをもてなすために婚約者としてランドール家のタウンハウスを訪れていた。

 噂から一ヶ月近く、つまりわたしが彼を避けるようになってそれだけの時間が経過していたけど、ここは何も変わった様子は見受けられない。使用人たちもわたしのことを主人一家同様に扱う。