「ただいま」

「ね〜ね〜‥!!」


リビングのドアを開けた瞬間。

あたしの「ただいま」をかき消す勢いで、高い声がリビングに響き渡る。


「ね〜ね、かえり」

あたしの足にしがみ付いてニコニコ笑っているのは、1歳半の弟・雅人(マサト)だった。


くりっとした瞳に、ふっくら柔らかそうな頬。

いつもは栗色の柔らかい髪がおでこに掛かっているけれど、お風呂上がりなのか、今は濡れて頭に張り付いている。

雅人はおむつだけ身に付けて、バスタオルを頭から被っていた。


「まーくん、ただいま。「お帰り」って言ったの?凄いじゃん?」


あたしがそう言って頭を撫でると、雅人は満足気に頷いて無邪気に笑う。


なんて可愛いんだろう。

雅人が生まれてから、あたしは『天使の笑顔』が本当にあるのだと知った。

幼い頃、僅かな期間だけその表現が許される、純真無垢な笑顔。

雅人の笑顔を見るだけで、自分まで幸せな気分になれる。


「ね〜ね、ん〜」


抱っこをせがんで両手を上げた雅人をタオルごと抱き上げる。

腕の中の柔らかい存在に、あたしは自然と頬を寄せた。


「‥って言うか、まーくん服着ないと駄目だよ?ママは?」


近くを見渡しても着替えの服が見当たらない。

あたしが雅人を抱っこしたまま、脱衣場に向かおうとドアノブに手をかけた時。


「雅人!」

という声と共に、ドアが反対側に開いた。