それから、もう一度煙が来るまで、ぼくはご主人さまと一緒にサクラを見上げていた。
「さぁ行くぞ」と言ってご主人さまは、来た道を戻った。
「はい」ぼくはご主人さまの後を追いかける。ご主人さまは、岩場の前まで来るとぼくを肩に担いだ。
「え?」ぼくが驚いていると、ご主人さまは岩場をジャンプしながら登っていく。少しずつ遠くなっていく陸地に少しだけ恐怖を覚えた。
「おし、着いたぞ」と言われ下される。
そこは、洞窟だった。
洞窟内は、広々していて奥に進むと小さな川が流れていた。
「どうだ、広いだろ?」とご主人さまは満足気で、ぼくは川の水を手で掬った。冷たい...そう思った。
「そこの水は美味しいぞ。飲んでみろ」と言われ、ぼくは一口飲む。その水は、住んでいた国よりも何百倍も美味しかった。
「どうだ?美味いだろ」と言いながら、ご主人さまは買ったきた魚を、平たい岩の上に乗せてナイフを取り出した。スラスラと魚を捌いていく。
「ここに、水を入れてくれ」そう言ってご主人さまは、ぼくに竹の筒を投げる。それをキャッチすると、ぼくは水をたっぷりと入れて、ご主人さまに渡した。
「ありがと」そう言ってご主人さまは、魚の切り身に水をかける。真っ赤な血が辺りに流れる。ご主人さまは、切った魚を持って、日当たりと風通しの良い場所に持っていく。
「ここの場所だけ、日当たりと風通しが年中良い。明日中には丁度良い保存食だ」と言って洞窟の入り口に戻っていった。
ぼくが入り口に戻る頃、ご主人さまは焚き火の準備をしていた。
「お、ルシア。火起こすけど、マッチ使えるかい?」と言いながらぼくにマッチを渡してきた。
「やってみます」とぼくは、箱から一本マッチを取り出すと、箱の側面に思いっきり滑らせた。
ボッと言ってマッチから赤い炎が上がる。
「出来たな」と言いながらご主人さまは、藁の中にマッチを入れた。
焚き火から火が煌々とぼくらに照りつける。周りはもう真っ暗だ。
「ルシア。焼きリンゴ食べるか?」と言いながら、ご主人様は木の枝にリンゴを突き刺した。
「食べます」とぼくが言うと、にっこりと笑って、もう一本同じ物を作ると、焚き火の側に突き立てた。
リンゴの蜜の香りがぼくの食欲をそそる。
じわじわと焦げ目が付いていき、ぼくはリンゴに釘付けになった。
「まったく。熱いから気を付けて」と言ってご主人さまは、ぼくにリンゴが刺さった木の枝をくれた。
「フーフーフー」と息を吹きかけて冷ます。
「いただきます」とぼくはリンゴにかじりついた。
「美味しい!」ぼくが言うと、ご主人さまはまた嬉しいそうな顔をしていた。
食事が終わり、ぼくは星を見る。年中雪が降っている国から来たぼくにとって、満天の星空は珍しいものだった。
「綺麗か?」と言いながらご主人さまはぼくの隣に座った。
「この星空は、国によって違うんだ」とご主人さまは言う。
「全部の国で違うんですか?」ぼくが驚いて訊くとご主人さまは静かに頷いて、
「星の並び方、数。光の様子...全部違う。その国によって特徴があるんだ」と言った。
「そうだなぁ、例えばここ春の国。ここは比較的、弱い光を持つ星が多く全体的に星の数は少ない方だ。でも、並び方は規則正しい」ご主人さまは星を指差しながら説明してくれていた。
「そうなんですか?」ぼくが訊くと、ご主人さまは、
「それだけじゃない」と星空を眺める。
「春の国の星空は、他の国より特徴的でな。唯一、自由型惑星のない集合体なんだ」と言った。
「自由型惑星ですか?それって、なんですか?」ぼくが訊くと、ご主人さまは少しだけ唸っていた。
ご主人さまは、少しすると口を開いて
「自由型惑星っていうのは、星の軌道を持たないものなんだ。星、一つ一つには軌道がある。でも、自由型惑星にはそんな軌道はない。自由気ままに動くんだ」と言った。
「じゃあ、この空にはその自由型惑星がないって事ですか...」ぼくが納得しているとご主人さまは、頷く。
「この星空は、網目のように見えないか?」とぼくに訊いてきた。
ぼくは、星を見上げる。確かに網目のようだ。
「今度、他の国にも一緒に行こう。せっかくの旅だ。いろんな星空を見れば良い」そう言ってニカッと笑うご主人さまに、ぼくはそっと寄り添った。
「どうした?」と言いながらご主人さまは、ぼくの頭を撫でた。
「寒いからです」ぼくが言うと、
「...そうか」と言って大きな手でもう一度ぼくの頭を撫でた。
それから、どのくらいしただろうか...星が軌道通りに動いているのが分かった。
「綺麗だろ?いっぱい目に焼き付けておけよ?」ご主人さまはそう言うと、焚き火の側に戻っていった。
ぼくが、目に焼き付けようと星空をじっと見ていると、肩に温かい布が落ちてきた。
「え...」肩に落ちてきたのは、ブランケットだった。
「ほどほどにしてな。おやすみ...」そんな背中が見えた。
「おやすみなさい。ご主人さま...」ぼくは呟いた。
次の日の事だった。
「起きろ〜ルシア」と言うご主人さまの声でぼくは目を覚ます。
「朝食だ。食べな?」と寝起きのぼくにリンゴを投げる。
「思ったより、魚が早く干せた。今日、出発するぞ」と言って、大きな葉で包まれた物をぼくにまた投げた。
「保存食だ。持っとけよ?」ご主人さま言って、昨日の焚き火の残骸を片付けた。
「どこにいくんですか?」
「五月町だ」
「ごかつちょう...ですか?」
「そうだ。意外と面白い場所になる」そう言うと、ご主人さまは洞窟から一歩外に出た。追いかけるように、ぼくも洞窟から出た。
「行くぞ!」とぼくを持ち上げたご主人さまは、助走をつけて崖から飛び降りた。
ぼくはいつも通り目を閉じた。
「あんまり、閉じるなよ。綺麗な空見とけよな」とご主人さまは言った。ぼくが目を開けて、ご主人さまの顔を見る頃には顔は、太陽の光に隠されて、見えなくなったいた。
「ルシア。見ろ!海が見えるぞ」
「わぁ!」ご主人さまが言った方向を見ると、青色の海が広がっていた。
ぼくが海に見惚れていると、体が落ちていくような感覚があった。
「ご主人!」ぼくが叫ぶと、
「心配すんな、落ちやしないよ。ほら、もうすぐ着く」と取れかかったぼくのフードを引き寄せて、頭から落ちていく。その光景をぼくは、初めて見た。
「ほ!」と見事な着地をする。それと同時にぼくは地面に下ろされた。
「ここが五月町だ」そう言われ周りを見回すと、緑の木が道を囲み青空が広がっていた。
「僕らがさっきまで居たのが、四月町。ここは、緑生い茂る五月町だ」とご主人さまは誇らしげに言った。
ぼくとご主人さまは、五月町を散歩していた。緑の森に、青い空。透明な川...ぼくにとって初めて見る物ばかりだ。
ご主人さまは、道端の小さなお店に入って、棒を二本持ってくる。
「一緒に釣りをしないか?」そう言ってご主人さまは、川に向かった。
「釣りってなんですか?」
「この棒で、魚を取るの」とご主人さまは、ぼくに大雑把な説明をすると持っていた棒をぼくに渡して、
「先を回して、伸ばせよ」と言った。