一華はこの目が苦手だ。
6年も営業なんて仕事を続けてきたせいで、嫌われるのにも慣れているつもりだったけれど守口は別。
でも、言いたいことは言わないと。

「隣町の駅前にあるクリニックが凄く評判がいいらしいんです。そこに行ってみてはダメですか?」

SNSで知り合ったママ達の情報によると、小さいけれど先生も女医さんでとっても優しいし育児の相談事にも乗ってくれるらしく話題になっている。
優華の育児については食事のことも睡眠のことも全て育児書での知識しかないから、1度診察に行ってみたい。少し前からそう思っていた。

「そのクリニックに行きたい理由は何でしょうか?」
「え?」
「優華さんのためですか?奥様のためですか?」
「それは・・・」

だから、この人は嫌い。

一華だってわかっている。
クリニックに行きたいのは自分。優華のためではない。
でも、初めての子育てで、不安もいっぱいあって、誰かに話をしたい。
ああー、こんなことなら同居なんてしなければよかった。

優華を妊娠し、急遽結婚が決まったのが2年前。
一生独身でいたいと思っていた一華にとっては、青天の霹靂だった。
それでも、6年も一緒に働いた鷹文に恋をしてしまい、鷹文が抱える重たい過去と未来を知って共に生きる決心をした。
それを後悔するつもりはない。
でもねえ・・・

「山田先生をお呼びしますので、診察を受けていただきます」
いいですねと向けられた視線は、本当に冷たい。

「はい」

結局またいつものパターン。

日本を代表する財閥、浅井コンツェルンが一華の嫁ぎ先。
都内に大きな土地を所有し、立派な洋館にお父様とお母様と鷹文と一華、まだ1歳になったばかりの優華の5人家族と10人ほどの使用人が暮らすお屋敷。
当然、食事も身の回りの世話も全て人がしてくれる。
不自由なんて何もないけれど、自由がないのが窮屈でたまらない。