光の隙間から漏れる、長い間奥に仕舞われていた記憶。
『きつねさん、泣いてるの? 』
突然話しかけられて驚いたのか、不思議な狐の目は真ん丸だ。
『どうしたの? どこか痛い? 』
見たところ怪我はないようだけれど、まさか罠にでもかかったのか。
余程悲しい思いをしたのかその目は潤み、少し震えている。
『痛いの、飛んでけ』
知ってる。
体のどこにも傷がなくとも、膿んで痛んで泣きたい時はあるのだ。
そしてそんな時は、ひとりぼっちで心細くなるものだと。
だから、きつねさんの痛みのもとが、早く遠くに飛んでいきますように。
『……あっ』
知らない人間に触られるのが、嫌だったのだろうか。
もしかしたら、人間に怖い思いをさせられたばかりだったかもしれないのに、可哀想なことをしてしまった。
『え……? きつねさん?? 』
腕から去られて落ち込む私の手の甲に、そっと狐の鼻先が触れた。
――またいつか、お目にかかりましょう。可愛い兎の君。
さわりと風が頬を撫でるように吹き、瞳に溜まってきた涙はいつしか乾いていた。
(また逢えるんだ……! )
忽然と姿を消した狐を、今度は然程不思議に思うことはなく。
調子のいい私は、笑顔で大きなどんぐりの木を見上げるのだった。