車は使わない。
それでも、本当はどうにか自分の足で歩けるのだと知り、少し笑えた。


「大丈夫か? 」


それを、疲れからだと勘違いしたらしい。
恭一郎様は心配してくれたけれど、私が歩みを止める必要はこれっぽっちもなかった。


「はい」


切れる息を整えようと空気を吸い込めば、心臓がキリッと痛むほどとても冷えた。
寒さと疲れから、地面を踏む感覚も衰えていくのに、この手があれば私は何の不安もなくいられる。


《お疲れさま。言うまでもないことですが、程度や種類は様々あれど、苦しみや痛みがひとつもない世界など存在しません。でも、二人ならば、きっと乗り越えられる》


ここでの生活を、私は覚えていられるだろうか。
そう思うと足が竦んでしまいそうになるけれど、それでも私は進んでいく。
もしかしたら、今度は恭一郎様の方が私を忘れることだってあるかもしれない。
そうだとしても、今度は私の方が想い続けているだろう。
それに、きっとただ想うだけではいられないはず。


《――……》


暗闇に慣れた目が、小さな狐の姿を捉える。
いつもよりも低く厳かな声が何事か唱えたが、言語として聞き取ることはできない。
瞬きを忘れたように目を奪われていたのに、気がつけば既に光の玉が浮かんでいた。
ぼんやりと浮いていたはずの光は、いつしか狐の体をすっぽりと包み、こちらを飲み込もうとするように口を開けていた。