「こんな時間に部屋に押し入るには、理由など一つしかないだろう。と言うより、余程の理由でないと切って捨てたい気分だ」

《出来もしないことを。それに、あまりしつこく求めると嫌われますよ。ねえ、雪兎の君》


そんなことなくて、寧ろ恭一郎様は気を遣ってくれていると思う。恐らくは。


「……知らない」


(……って、何で私が弁解を……)


「……それで? 用件は何だ」


恭一郎様からも雪狐からも逃げるようにそっぽを向く私の頭を撫で、用件など分かりきっていると言いながら、緊張した声が問う。


《お二人は十数年越しの蜜月でお忙しいようですが、実は私も忙しくて困っているのです。このところ、この化け物のもとへ参る人間が多くてね》


どういうことだろう。
恭一郎様の考えとも違ったのか、対応を思案するような目がふとこちらを向いた。


《お二人を、無事にあちらの世界へ送り届けてくれ。その後も、再び幸せに結ばれますようにとね。まさか、夢の狭間で生き別れるようなことでもあれば、どうしてくれようと化け狐を脅す者まで現れた。まあ、誰とは言わずにおきますが。これでは、おちおちうたた寝もできませぬ》


みんな。
それが誰であるのか、言い当てることが難しい。
心当たりがありすぎるなんて、どんなに幸せなことか。


《……生きたいと思いますか、恭一郎殿》


あんまりな質問に思わず口が開いたが、言葉を発する前に彼に抱き寄せられた。


《これまでの貴方は、死んでも姫を守るという思いだったのでしょう。もしも今でもそうお思いなら、たとえあちらに行けたとしても、姫は一人で夢を彷徨うことになる。昔、貴方がそうだったように》

「……生きてやるさ。ここでも、私は思った以上に生き延びたが。もう十分だと感謝した次には、その続きを望んでしまう。そんな私が、今のこのおいしい状況を捨てられるはずがない」