決断自体は、楽なものだ。
他に手立てもないし、選択できるものは一つに等しい。
だとしても、別れは辛い。
話すことはおろか、もう二度と顔を見ることすらできない。
そして、それを選んでしまった自分が、どうしても悲しかった。
「……決めたんだな」
何も告げずに去ることを、考えなかったと言えば嘘になる。
きっと、その方が心は痛まない。
それでも、それはあまりに失礼で身勝手だ。
ずっと、側にいてくれた人たちに。
「ああ。まあ、決めたからと言って、そう上手くいくとは限らないが。今のところ、扉が開く気配はないしな」
「もう、どうしてそういうことを言うんですか? 決めてしまったのなら、上手くいくことを考えた方がいいのに」
ジトッと見上げれば、同じく恨めしそうに見下ろされた。
「もとがこういう性格のうえに、お前が正反対の無鉄砲だからだ」
小言にすらモジモジしてしまうのは、吐息が髪をくすぐるせいか。
つまり、それほどくっついて友人たちの前で抱かれているからか。
どちらにしても居心地悪く、先程からじっとしていられない。
「ま、何にせよ、だ」
本人がこうなのだから、一彰はもっと居たたまれないのだろう。
邸に呼び出されてやって来た時は緊張の面持ちだったものの、今の彼は何か悪いものを無理やり口に詰め込まれたような、おかしな顔でこちらを見ている。
「……よかったな。俺は、いい選択だと思う」
それでも見ずにはいられないというように、目を細くして。
もちろん、彼の隣には――まだ一度も顔を上げてくれない長閑がいる。
「……長閑」
どちらも声が出ないのを見かねて、一彰が呼んでくれた。
「……知っていたわ。いつか、小雪はここではないどこかへ行ってしまうって」
怒っても責めてもいいのに。
相談もしてくれないのかと、なじったって。
「ねえ、その世界に行ったとしても、記憶は残るのかしら。もしかしたら、恭一郎様のことみたいに、私のことも夢として思い出したりするのかもね」
堪らなくなって、一彰を押し退けるようにして彼女の前に寄る。
「あのね、ここだけの話。もしもそうだとしたら、きっと長閑のことはすぐに思い出すわ。だって、誰より側にいた親友だもの」
毎日、ずっと一緒だった。
怒ったり、叱られたりもしたけれど。
これほど号泣する長閑は初めてだ。
「言われてしまったな」
「複雑だが、仕方ない。自分から仕向けたとはいえ、小雪が私を思い出すまでに幾年かかったか。それが長閑との差だと言われれば、言い返せまい」
随分大きな「ここだけの話」が漏れ、そんな声が聞こえてきて長閑が笑う。
「調子がいい気もするけれど、恭一郎様に勝ったのなら許してあげる。私が諦めるのだから、幸せになるのよ」
「……うん。長閑も」
狭い肩越しに一彰が見えた。
お前に言われるまでもない。
安心しろと、大きく頷いて。
「大雪」
何だか、ものすごく久しぶりにそう呼ばれた気がする。
(そうこなくちゃ)
「無事、あちらに飛べたら……言ったとおり、お前の分も供えてやるよ」
「楽しみにしてるわ。そうね、供えてくれるものは何でもいいけど……さっさと吉報を一緒に寄越しなさい」
「……う、うるさい。余計な世話だ」
(知ってる。でも、必要がなくても祈ってるから)
二人が元気で、末永く幸せでありますように。
真っ赤になった長閑をぎゅっと抱いて、そう願った。