『あ、そういうことじゃなくて……』

《こら》


何か説明してくれようとするのを、誰かの声が遮った。


《貴方は、何を言おうとしているのです》


小さな私は辺りをきょろきょろしているけれど、今の私なら、姿がなくてもそれが誰だか分かる。――雪狐だ。


『……いいじゃん。俺、さゆといたいんだ。さゆだって、そうだもんな? 』

『うん!! 』


何の話だか、ちっとも分からない。
でも、それには全力で頷くに決まっている。


《この姫は、この世界の住人です。ここに、彼女を大切に思っている人間がいるのですよ。今はまだ、姫がそれを理解できていないだけ》


どうして怒るの?
この子は何も間違っていないよ。
私、ずっと一緒にいたいんだもの。


『じゃあ、何で俺たちを会わせたんだよ。俺の最期のお願いでも、聞いたつもり? 』

《……それは》


理由を言わない雪狐に余計に焦れたのか、彼は空中を睨む。
それは、今の私ですら記憶にない怖い顔で、ピクンと小さな肩が揺れた。


『ごめん。さゆに怒ってるんじゃないよ。本当にさゆを連れ去って行けたら、俺も頑張れるのにな』

『行く! さゆだって、一緒にいたいもん』


子供だ子供だと言われていたのに、頼ってくれたみたいで嬉しかった。
何のことだかさっぱりだけれど、私が役に立てるのなら、何だってしよう。


《……恭一郎》


再び厳しく呼ばれ、ビクビクする私の頭を撫でた。


《貴方たちを引き合わせたのが悪ならば、それは確かに私の罪です。貴方が生を諦めないでいられる存在ができたのなら、それでも喜ばずにはいられない。しかし……》

『しかし? さゆを拐おうとするなんて思わなかった? こんな、病人の子供が』


クスクスと笑う表情は、これまで夢で見てきた少年よりも酷く大人びていて――その歪んだ口振りは、今思うと恭一郎様らしいと言えば彼らしい。


『子供は残酷だよ。 ねえ、さゆは俺といたいんだって。俺もそうだよ。……他の奴らのことなんか、知るもんか』

《恭一郎》


そうだよ。
私も、そう望んだから。
彼ばかり責めないで。


『……俺にしたら、そっちの方がよっぽど残酷だよ。ずっと一緒にいられないなら、どうせ手離さなくちゃいけないなら……』


――希望なんて与えずに、そのまま消してくれたらよかったのに。