女性受けを意識した香水も昔と同じで、鼻をつく匂いに一歩距離をとる。

記憶と違うのは、男性にしてはかなり長めだった髪が短くなっていることと、学ランがスーツに変わったことくらいだ。

私がなにも言わずにいると、黒田は目を細め「陸は元気?」と聞いてくる。
興味もないくせに……と思いながらも、目を逸らし口を開いた。

「元気だよ。もう、だいぶよくなったし生活制限だってとっくになくなってる」

陸の体が弱かったのは昔の話で、今はもう普通に生活ができている。

そう伝えると、黒田は「そっか。よかったよかった」と笑う。
その軽薄な声にイラっとした。

久しぶりの定時上がりでの帰り道。
十七時半の夏空はまだ明るく、駅まで延びる道をたくさんのビジネスマンが往来していた。

こんないらない偶然が待っていると知っていたら、いくらでも残業したのに……と思いながら黒田に「じゃあ」と挨拶をする。

歩きだすと、当然のように隣に並ばれため息が漏れた。

「いやいや、こんな奇跡みたいな偶然、そうないじゃん。これはもう、このまま飯の流れだろ」
「予定があるので」
「じゃあ、いつなら都合がいい? 言ってくれれば合わせるけど」
「ずっと都合が悪いから無理」

早く会話を終わらせたくて短く答えると、黒田が笑う。