「目がつぶれる!!」
「つぶれないよ?」
「贅沢は敵です!」
「すばるさん、いつの時代からタイムトリップしてきたの?」

紅潮している頬も、きらきらした瞳も、顔を手で覆っていても指の間からはしっかりと見えていた。

ふわぁと嬉しそうな声を上げているすばるを横から覗き込みながら、そのまま押し倒してキスしたおしてやりたいのを、清水は頬の内側を噛んでぐっと堪えていた。

口の中でじんわりと血の味を感じながら、横からふわりとすばるを抱きしめて、ほんの少しだけ腕に力を入れる。



ダイニングテーブルの上には買ってきたばかりのクリスマスケーキが乗っていた。

クリームが見えないほどベリーというベリーや、旬を問わず果物がこれでもかと山盛りになっている。
自ら発光しているのかと思えるほど艶々と光っていた。

甘いものは苦手で何も知らなくても、情報を持っている人は知っている。
達川に聞いて、すばるには内緒でこっそりと発注し、それを買ってきて今に至る。

「すばるさん嬉しそう」
「嬉しいですよ! 嬉しいに決まってます!!」
「そっか!……良かった」
「ありがとうございます!!」

すばるにがばっと抱きしめ返されて、清水は驚きのあまり思わず腕が離れそうになる。
改めてゆっくりぎゅうと包み込むようにして、清水はまた衝動の大波を耐え忍んだ。

口の中で血の味が濃くなる。

「んねぇねぇ……生クリームが溶けちゃうから冷蔵庫にしまおうよぅ」

確かに外はびゅうびゅう風の音が止まないが、部屋の中はかなり暖かい。

ダイニングテーブルの向かい側では、莉乃と英里紗が両手で頬杖を突く、まるっきり同じポーズで、ぎゅうぎゅう抱き合っているふたりを見上げていた。

あっさり抱擁を止めて、それは大変とケーキを箱にささっと戻し、すばるは細心の注意をはかる手付きと足取りで、頑丈そうな白い紙箱をそっと冷蔵庫に入れる。

うっとりと冷蔵庫の扉に寄り添ってほぅとため息を吐いているすばるの様に、萩野家の人々は胸がきゅんと鳴っていた。

「うーん、どうしよ。ピザでも頼もうか?」
「ていうか、今日みたいな日に頼んだらなかなか来ないんじゃない?」
「あーそっかぁ……大忙しだよねぇ」
「フライドなチキンも予約がいるかね」
「そうだっけ?」

これまで盆クリ正月のイベントをとことんスルーしてきた萩野家の面々は、事前に準備しなくてはというのも、その方法自体も頭に無い。

「え、私が作りますよ? あ、いや、ピザとかフライドなチキンとかお店の味は無理ですけど」
「その気持ちはすご〜く嬉しいけどさぁ……今日くらい楽しなよ」
「そうだよ、すばるさん〜」
「ぜんぜん! 苦とかじゃないですし、皆さんが食べたいもの、張り切って作っちゃいますよ! 何でもどんとこいです! 作り方が分からなかったらネットで検索です!」
「ほんとにいいの?」
「はい! あ、何でもって言っても、商店街で手に入りそうな範囲でお願いします」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなぁ。清水君は何が食べたい?」
「……おうちのカレー」
「うん、カレーね」
「カレーな。決まり!!」
「即決!! そして普通!!!!」


買い出しから帰り、いつもよりほんの少しだけ豪華なカレーを作る。
他にも色々と思いつつも、ケーキの余裕を空けておかないといけないので、普段と変わりなくサラダにした。
これも少しだけ手をかけて、少しだけ豪華にする。

調理している段階から莉乃と英里紗は、お肉屋さんのおまけにもらったハムをつまみにワインを飲み始める。清水もそれにちよっぴり付き合っていた。

「はー……なんていうの、これ……ヤバくね?」
「家族そろっておしゃべりしながらって、これぞ『正しいクリスマス』だよねぇ」
「ちょっともう……わたし胸がいっぱい……腹は減ってるけど」
「……てほら、飲み過ぎないでね。たくさん食べられなくなるよ?」
「わかってるよぅ」

心の中身を見透かされたようで、すばるも急に胸がいっぱいになる。


莉乃の言っている『正しいクリスマス』はいつぶりだろうと思い返す。

両親とのクリスマスの記憶は無い。
あるのかも知れないが、すばるは思い出せない。

武内の家でももちろんクリスマスのお祝いはあったが、きちんと全員揃って祝ったのは子どもの頃、引っ越すよりも前だった。
引っ越してからは、おじさんの仕事が忙しくなり、おじさんに余裕が出てくる頃には、和臣が部活や勉強で忙しくなる。

おばさんとふたりだけでクリスマスを過ごしたこともある。
それでもひとつも不満だと思わなかったし、むしろ申し訳ないとそれしかなかった。
家族ではなく他人の子どもと過ごすなんて、おばさんも、帰ってこられないおじさんも、和臣も気の毒だと思っていた記憶がある。

毎年書いてと言われたサンタさんへの手紙も、その内容の通りのプレゼントも、クリスマスのごちそうも、素直に嬉しいのに、そのすぐ後にはここまでしなくてもいいのに、と思ってしまう。

でも今、食事を用意する側になって、される側ではなく、自分から祝おうと思って初めて、おばさんはこんな気持ちだったのかなと考えた。

しなくちゃいけないからじゃない。
楽しんでもらいたいから。
楽しくなりたいから。

お正月には帰省しようと、すばるは力強く頷く。



食事を終えて、すばる的にはメインのケーキを食べる頃になると、外の風が一段と強くなっていた。

「うわぁ……吹雪」
「思ったのと違うぞ」
「こりゃサンタさんは大変だねぇ」
「ふふ……そうですねぇ」

天気予報では雪となっていた。
勢いは強いが長くは続かないらしい。
翌日は気温が上がるからホワイトクリスマスにはならないと、肉屋のおばさんが残念そうに言っていた。

強い風の音を聞きながら、ベランダで巻き上がっては一瞬ふわりとなる雪を見ながら、ここはなんて暖かいんだろうと心から感じる。

「……良い夜ですね」
「賛成1号」
「さんせい2号!」
「……ほら、清水君もなんか言いなよ」
「…………ムリ…………胸が苦しくて……」
「じゃあお前3号な」
「……すばるさんかわいい1号……」


クリスマスの宴の用意は無かったが、プレゼントは随分前から用意してあった。

孫の世話に疲れ果てたハウスキーパーさんが仕事の方がマシだと復活し、12月に入ってすぐに、萩野家にツリーを用意してくれた。
すばるの腰の高さほどだが、本物のもみの木。ひょろりとしているのでたくさん飾りを付けずに、銀色の小さな動物や天使やボールが品よくぶら下がる。

ふわりと香る針葉樹特有の匂いもとても良い雰囲気を演出している。

海外風にプレゼントはその足元に、ツリーが置かれて以来、だれも触らないようにして、遠巻きににやにや見ていた。

明日の朝みんなで開けるのをものすごく楽しみに待つ。




「すばるさんいちゃいちゃしましょう!」
「…………そうはっきりと言われるとどうでしょう……気分は上がらないですよね」


英里紗が夢の世界に足を突っ込み出したので、早々と梨乃はお姫様抱っこで寝室に連れて行き、そのままふたりは戻ってこない。

ほぼふたりでボトルを一本空にしたから、もう寝てるよと清水はにやりとする。

「親の目を盗んで! 今がチャンス!」
「いや、だからそう……心の声をダダ漏れにされると引いちゃいます」
「…………いや?」
「う……ぅぅぅん」
「じゃあ一緒に映画見よ? コメディは?」
「あぁ……それなら」

ぐっと拳を握ってよしと吠えると、清水はすばるをスマートにエスコートしてソファに座らせた。

テレビ番組は見られないが、映画は見られるようになってきた。
ふたりともホラーは苦手、アクションは日々がそうなのでその辺りは避けている。

テレビとプレイヤーの電源を入れ、宣言通りコメディ映画を再生する。

「……すばるさん何か飲む?」
「あ……1ミリも何かが入る隙がないです」
「んーまぁ俺もなんにも入んないけど」

テレビの前で立ち上がって、ソファの方に戻るついでに照明を全部落とした。

「わ! なんですか?」
「映画館気分で」
「なるほど」
「音もがんがんでいこう」
「莉乃さんと英里紗さん起きちゃいますよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ」

良い勢いでソファに乗り上がり、すばるの背中と背もたれの間にぐいぐいと割り込んだ。

「ちょっと!」
「うん? おコタに入る?」
「…………映画館だから椅子です」
「ふふーん……寒くない?」

近くにあったブランケットを取ってすばるの膝にふわりとかけた。

「あ、すみませ……ん……」
「これでしょ? はいどうぞ」

抱えるのにちょうどいい大きさのクッションを取ってすばるの前にぽすりと置く。

「よく分りましたね」
「んふふーん映画の時いっつも抱っこしてるもん」
「……ありがとうございます」
「よーし! 準備万端! いちゃいちゃすっぞ!」
「はい?!」
「…………映画観るぞ……」
「でしょ?!」
「……はい」



時間でも計ってるのかと思うほど等間隔で、すばるはぎゅうと抱きしめられる。

耳元や首の辺りでちゅうと音がするたびにすばるは怒ったが、それも計ったように等間隔だった。



映画を半分ほど観たところで寝てしまったので、すばるはそこから先の内容は知らない。


清水が見ているのは映画ではなかったから、本当にコメディだったかどうかすら定かではない。











クリスマスに合わせるために3話一挙更新です!

皆さま良きクリスマスをお送りください!!