せっかく頑張って練習して暗譜した曲たちも、もう簡単なものしか覚えてないけれど、当時に戻った感覚に陥ってすっかり楽しくなっていた。


ピアノの音に包まれている時間が好き。


ピアノの音に乗せてなら、どんな気持ちも吐き出せる。


誰にも邪魔されない。



「へぇ、ピアノ習ってたの?」



───はずだったのに。



「なんで神風くんがここに……」



目の前のピアノに夢中で、ドアが開いた音に全く気が付かなかった。


驚いて手を止めて振り向くと、神風くんが入口近くの壁に寄りかかってこちらを見ていた。



「上手いじゃん」


「別にそんな」



本当に久しぶりだったから、確実に下手くそになっていて、自己満足でならいいけれど人に聞かせるには恥ずかしい。



「こんなところにピアノなんてあったんだ」



神風くんはまっすぐにピアノを見て近づいてくる。



「俺も少しやってたんだよね、姉ちゃんと」


「……神風くんが?」



意外。


地道に練習をしなければいけないピアノをこんな面倒くさがりやの神風くんが習っていたなんて。



「まぁ、面倒くさくてすぐ辞めたけど」


「そ、そうなんだ」



やっぱりわたしの読みは当たってた。