「月の見えない空がいい」


ワンコがぼそりと呟いた。

私は思わず反応して、ワンコの方を向いてしまった。

ばっちりと目が合い、どちらからともなく反らした。

だが、ワンコは爪先を見ながらも続けた。


「それ、オレがお前から言われて初めて感動した言葉だ。なんか、オレのこと言ってくれてるみたいで。名前が朔空で、月のない空って意味だからさ。

母さんが字が綺麗だからって選んでつけたみたいなんだけど。

ってか、それは関係ないか。

えっと......その......なんか、認めてくれてたように思えて。そうだな......。すごく...すごくすごく胸がいっぱいになったんだ」


ほぉ。


「そうっすか。それはどーも」


ワンコを感動させていたとは。

恐るべし我が語彙力アンド言葉選択能力。

我ながらあっぱれっす。

あー、殿様が見える。

意識が別次元に飛びそうになったが、ワンコの息遣いが耳に届き、はっと我に帰った。


「ほんと、久遠にはいっぱい色んなことを教えてもらった。色んなことをオレにくれた。こんなにも、1人の人間で突き動かされたこと、今までなかった。オレは久遠のお陰で変われた。ほんと...ありがとな」

「またっすか。なんか似たようなこと、数ヶ月前にも聞いた気が」

「いいだろ。これが最後なんだから」

「ほぉ。そうっすか。確かにしつこいんでこの程度にとどめて欲しいと...」

「オレ、3月で辞めるわ」