「っん、りょ、……っ」

「約束、してくれたの、忘れましたか?」

「わ、すれて、ない」

「じゃあ、もらってもいい?」


誑かすような音で、今にも倒れそうな私の耳に囁く。

気まずい雰囲気なんてばらばらに散らばって、ただ、あつい瞳の人だけが目の前にある。

絶対にそらせない。


絶対に、好きになってしまう。


「ゆずは」

「ん、わか、わかりました、から」

「うん?」


視界の端に見える遼雅さんの手が、泡だらけになっている。それが自分の手に絡んでいたものだと思うと、ひどく悪いことをしているような気分で、落ち着かなくなった。

おちつかない。

胸に響いて、燃え広がるような熱だ。どこへも逃げ出してくれなくて、体の中心に打ち込まれている。


「おふろ、はいってきて、ください」


一時休戦を申し込むように言えば、遼雅さんが耳元で小さく笑っていた。

たぶん、休戦なんかじゃなくて、うまく引き込まれてしまったのだと思う。わかっていても、どうしようもなくなってしまう。

交渉のプロに勝てるはずもない。

さっきまでの切なさなんて感じさせない満足そうな人が、最後にもう一度唇にキスを落として、音を立てて離れる。


「かわいい、俺の奥さん」

「や、めてくださ……い」

「あまやかしたくて、たまらなくなる」


どらどろだ。もう、とけてしまいそうだ。どこまでもあまくて、あつくて、たまらない。


「りょうがさ……」

「急いで戻ってきます」


楽しそうに笑って、やわく髪を撫でる。すり抜けかけた毛先に唇をよせて、ねだるように首を傾げている。


「待っててください」


断ることなんて、できたためしがない。