僕はエレベーターの中で、操作盤の前に立っている彼女の後頭部を見つめていた。
 何故、僕を裏切った。
 ……いや。
 玲奈は裏切ってなんかない。
 彼女は僕を陥れる為に現れた。そして実行し、僕が見事に罠に嵌った、それだけだ。
 自分のバカさ加減に嗤えてくる。この僕があっさりと恋に堕ちるなんて! 
 
「Jetzt schlägt’s 13!」
 時計が13回鳴るほどに有り得ないことだ。
 
 玲奈が僕を横目で見る。
 
「ミスター、なんと?」

 日本語。
 しかも、敬称はドイツ語ではなく、英語だ。
 この僕がわざわざドイツ語でしゃべっているというのに!
 どこまでも憎らしい。
 もう君は、僕とドイツ語では話さないつもりか。
 いいだろう。

「nichts(別に)」
 
 本国やヨーロッパ、他のアジアの国ではハニートラップにあれほど気をつけていたのに。油断したら、このざまだ。
 けれど。