昨日は雛祭りだった。
 野点をするので、私は有給をとって多賀見の家に出かけた。
 
「おかえりー」
「おかえりなさいませ」

 私を出迎えてくれる声は、全部女性だ。
 お父様や運転手さんは締め出しをくらってる。
 というのも、女の子のお祭りだから。
 ……ちなみに、セキュリティスタッフは目立たないところにいてくれる。

「待ってたのよ。お重の準備もしてあるの。さ、着替えましょ」

 皆、着付け完了している。

『多賀見の家に勤めると、花嫁修行がいつのまにか修了している』と言われている通り、お手伝いさん達は辞めるときまでには、お茶やお華に着付けと和裁までマスターしてしまう。
 勿論、家族もだ。

 私?
 今度、ネイトに浴衣を縫ってあげるために、運針を練習中。

 半幅帯や、名古屋帯は自分で結べるけれど、振袖となると無理。
 お母様に手伝ってもらう。
 髪は編み込みずみ。

 なんとか時差を合わせて、ネイトのお母様のヘルガさんやお姉さんのエリスさんにもリモート参加を……と思ったけれど、無理だった。
 なので、ひかるちゃんも隠岐氏のお祖母様やお母様をお招きしなかった。

 私とネイトのことを公にできるようになったら、みんなでお茶をしよう。

 今日はひかるちゃんが茶を点てる係だ。
 私は演奏係。
 草履を履いて、ヴァイオリンを持って会場に向かう。

 日当たりがよくて風が適度に吹きぬける場所に、既にとりどりの着物が衣紋掛けに掛けられて、几帳の役割を果たしている。
 さすがに今日は芝生の上に緋毛氈(ひもうせん)
 勿論、地面の中の水が沁み出てきたり、草の汁で染まらないように下にレジャーシートが敷いてある。
 
 敷物の一角には炉と茶道具がおかれ、反対側の一角は水屋という扱い。
 正客の正面には、ひかるちゃんが丹精して育てた盆栽の桃が満開だ。

 今日のお客様はお手伝いさん。
 朔日、つまり毎月一日はスタッフを慰労する日にしている。
 お祖母様が観劇やコンサートに連れ出したり、星のついたレストランでご馳走する。
 三月だけは、天気が悪くなければ三日に野点をする。

 お祖母様とお母様がお重やお鍋を持って現れた。
 みんなが居ずまいを正すと、お祖母様がにこやかに宣言した。

「年寄りの遊びに付き合ってくれてありがとう。今日は遠慮なく孫達をこきつかってちょうだいね」

 私とひかるちゃんは、かしこまって頭を下げた。
 油断していると、お祖母様やお母様はこまめに立ち働く。
 うかうかすると、なにもすることがなくなってしまう。
 仕事は獲るものだと子供のときから叩きこまれた。

 ひかるちゃんがお茶を点てているあいま、私は古今東西で春の名曲を弾いていく。
 たすきがけすれば腕は自由に動くとはいえ、振袖が重い。
 なぜか、お祖母様が私やひかるちゃんを動画撮影していた。

 ……理由は、あとからわかった。