昨日は地下からフロントを介さずに宿泊フロアに直行している。
 泊まっているはずのない人間が清算しようとしている恥ずかしさったら、ない。

「多賀見様、いつもありがとうございます」

 こっ、ここで大声出しちゃう?
 老練なはずの彼の発言に私が目を見開くのはわかるけど、不思議なことに若いスタッフがもう一度ギョッとした。

「料金は前払いで済んでおります、不手際がありましたようで申し訳ありません」

 私がお父様が年間抑えている部屋に泊まって、精算したがっていると思ったのかな。
 なんにせよ、もう一度ルームナンバーを言いたくない。

「……わかりました。足りない分は父へ」

 諦めて、お父様から大目玉をくらおう。
 クレジット明細からエクセレント・スイートに泊まったことがばれるのって、いつになるかしら。
 早く立ち去りたくてきびすを返すと、背中に「お客様……」と呼びかけられた気はする。
 けれど、聞こえないフリをした。

 ショッピングモールは地下鉄に直結している。
 電車はガラ空きだったけど、座る気になれない。
 ドアのガラスに映った自分の顔は、我ながら人生を諦めたような顔をしている。

 今日は疲れた。
 なにも考えずに寝よう。
 明日になれば、きっと前向きになれる。
 私はそっと目をそらした。