「プリント集めてきました」


国語の準備室の前で待っていると、おー、入れ入れと軽い返事が返ってきて、私は小さな声で失礼します、と呟くと中へと足を進めた。

国語の宮原(みやはら)先生は、私たちの担任でもある。
二十八歳で若いから、満井先生と同様に生徒から人気がある。
優しくて親しみやすくて、黒縁のメガネをかけているかっこいい先生だ。
だからといって、ときめくとかそういうのはないんだけれど。

私の手からプリントを受け取ると、人数分を確認して、よし、と呟くと、コーヒーを飲んだ。


「いやー、今日花枝(はなえだ)が日直で助かった」
「えっ…?」
「他の生徒は持って来るのがギリギリになったりするからな。毎日日直が花枝ならいいんだけどな」


ホッとしたような表情を浮かべたあと、宮原先生はまたコーヒーを飲んだ。
毎日日直だなんて勘弁してほしい、と心の中で毒を吐いた私。
国語準備室には、珈琲豆のいい香りが立ち込めて、私はゆっくりと息を吸う。すると、珈琲豆の香りが鼻から入り込み、なぜだか不思議と落ち着けた。

人に褒められるのは、純粋に嬉しい。
頑張ってよかった、と思うこともある。
けれど、それと同時に私は"いい子"でなければいないという重圧に押し潰されそうになる。
誰も私の内側の方なんて興味がない。
私がいい子でなければ、きっと周りに人は集まらなくなる。
私がいい子でいなければ、私は必要とされなくなってしまう。

先生だって私がいい子を演じているから、こんなふうに褒めてくれる。
嫌な顔一つでもしてみようものなら、きっと先生はそんなこと言わない。
面倒くさい、嫌だ、なんてそんな言葉人前で言えるはずなかった。
私はたくさんの言葉を飲み込んで、たくさんの感情を押し殺して、笑顔を貼り付ける。