新学期。
甘くも酸っぱくもあるその3文字にきっと私は酔っていた。
身長と合わないガタガタの机に頬杖をつきながら微睡んでいた時。

「___ 澤井さん、お願いできない?」
「……はい、……ぃ?」

条件反射のように頷いてからハッとする。
シニヨンにした髪が微かに揺れる。着慣れないセーラー服が揺れる。
思わず立ち上がったけれど既に時遅く、先生がチョークを片手に取っていた。

(ま、待って。すっっごいボーッとしてたからつい返事しちゃったけど)

チョークが向かったその先は中学時には一欠片も縁が無かった“クラス委員長”の6文字。
2つずつ括弧が括られており、その中の1つに私の名字が書き加えられた。
如何にも真面目そうな丸い字で、助かったかのように晴れやかに「澤井」と。

しかもチョークの粉を払い落とした後、先生はとんでもない爆弾を吹っかけてきた。

「じゃあこの先は早速澤井さんに代わってもらおうかしら」
「え゛え゛!?」

思わず変な濁音が入り混じった返答を返してしまう。そ、そんな、急では。

「澤井サンお人好しが裏目に出たね……」
「あのセンセー、澤井が断れないタチだって解ってたみたいだな」

近くの誰かが呆れ半分、諭し半分でそう呟いた。
平穏に過ごそうと思っていた高校2年生の1年は新学期早々裏切られる事になる。

そして。

「とんだお人好しだね、おまえ。俺、そーゆー女虫唾走って大嫌いなんだよね」

新学期早々に罵詈雑言を浴びる事にも。彼のせいで涙を流す事になるのも。
そんな彼に心奪われる事になるのも。

澤井 穂花はまだ知らなかった。