「ほら」
「……ありがとう」

 グリフォンの足の下から解放されたランは、約束通り飴の包みを数個、アガタの掌に載せてくれた。
 手作りらしい蜂蜜飴は、くっつかないようにと生姜粉でコーティングされていた。だから頬張ると甘いだけではなく、生姜のピリッとした味がした後、体がポカポカした。

「おいしい」
「そりゃあ良かった……なぁ、もっと腹いっぱい食いたくないか?」
「……さっきの、頼みに関係するの?」
「う」

 そう言うと、アガタは小首を傾げるようにしてランの顔を覗き込んだ。アガタの後ろにいるので、顔は見えないが――グリフォンも、すごくランにプレッシャーをかけているのを感じる。

「実は……俺を、里まで送って欲しいんだ。着いたら、ちゃんとした飯食わせてやる」
「里?」
「ああ、俺ら獣人が住む里だ。国境の向こうの森。その真ん中に、俺らは住んでる……そこまで送ってくれれば、嬢ちゃんに飯食わせてやれるぜ? まあ、豪華ではねぇけど、腹いっぱいになるのは保証する」

 ぐうぅ……。
 ランの言葉への返事は、またしてもアガタのお腹の音だった。グリフォンが、慌てたように言ってくる。

「アガタ様! 森を超えれば、人が住む国があります。食べ物は、そこで調達すれば……」
「まあ、それもアリだけど……金、持ってないんじゃないか? 俺を里まで返してくれたら、運賃くらいは払うぜ?」
「えっ!? ご飯が食べられる上に、お金まで貰えるの!?」
「ああ。安全だと思ってた、エアヘル国内でも魔物が出るくらいだからな……不思議と、この家の辺りまで逃げ込んだら入ってこなかったけど。帰れるんなら、直行で帰りたいんだよ」
「えっ……魔物?」
「ああ。何回か来てるけど、この国で魔物を見るのは初めてだ」

 ……それは、アガタがこの国の結界を破壊したからだろうか?

(え? 確かに、壊したけど……聖女も、他の神官もいるんだから。すぐに、張り直し出来るでしょ?)

 戸惑ったが、下手に口に出すと藪蛇になりそうなので、アガタはとりあえず黙っていた。そんなアガタの背にモフモフを寄り添わせて、グリフォンが言う。

「……仕方ない。送ってやろう。だが、約束を違えたら承知しないからな」
「勿論! 助かるぜ!」
「グリフォン……」
「アガタ様、行きましょう……あ、何か持っていく物はありますか?」

 ランに突っ込まれる前に、話を逸らすようにグリフォンは故郷に送る話を引き受けてくれた。肩越しに振り向いたアガタに、グリフォンはその金色の瞳を向けて笑みに細めた。
 ……ランに貰った、蜂蜜みたいだなと思った。

「……メル」
「えっ?」
「あの、何か遠い国の言葉で『蜂蜜』って意味なんだって……グリフォンの目が、蜂蜜みたいに綺麗だから。今度から、そう呼んでいいい?」
「……ええ、ぜひ」

 ラテン語だが、異世界や前世と言えば話がややこしくなる。
 それ故、ぼかしてそう言ったアガタに軽く目を見開くと、グリフォン――いや、メルは再びその蜂蜜色の目を細めた。 
 ……ほっこりしたアガタは、ランから聞いた『魔物』についてすっかり聞き流してしまった。