その頃のマリーナ&その頃のアガタ



 マリーナは宰相家の娘として生まれ、家族だけではなく周囲からも可愛がられて育った彼女は、ずっと同じ言葉を言われ続けてきた。

「マリーナは絶対、聖女に選ばれるだろう」
「そうしたら、次代の王妃は聖女になる。何て喜ばしい」

 基本、聖女は王子の婚約者となり王妃となるが、交代は聖女が死んだ時である。その為、王子と聖女の年齢が合わない場合があり、今の王妃は聖女ではなかった。それで蔑まれることこそないが、より望まれるのはやはり聖女が王妃になることだった。そして国から期待されていたのは、平民のみすぼらしい娘ではなく、貴族令嬢のマリーナが聖女となり、王子ハーヴェイの傍らに立つことだった。
 だが、神殿に連れて来られた数日経った今。
 渡された杖で多少はマシになったが、精霊達に生命力を吸われて髪も肌も艶が無くなりパサパサしている。コルセットなどをしたり化粧をしていては吐きそうになるので、今では簡素な神官服に袖を通していた。
 神官全員で王都までの結界を張り、それを神官達が交代で維持をする。
 魔法陣で生命力を搾り取られて、何とか杖を使って這い出たマリーナは思わずにはいられなかった。

(あの娘が来るまでは、これが当たり前だったんでしょう? だったら……今まで王妃になった聖女も、ずっとこうやって結界を維持してきたってことよね?)

 十五歳になったばかりのマリーナは、何かあった時の為に神殿の弱みを調査させていたので、聖女や神官達がアガタに仕事を押しつけていることは知っていた。しかし、その理由(精霊の加護を受ける為の酷使)は知らなかった。
 けれど、マリーナの家族や周囲は知っていた筈だ。それなのに、彼らはマリーナを聖女にしようとしていたのだろうか――こんな苦行を、笑って押しつけようとしていたのだろうか?

(いえ……いいえ! そんな訳ないわ!? そう! あの出来損ないに押し付けていれば良いと、思っていたのよ……ハーヴェイ様、どうか早くあの娘を連れ戻してきて下さい)

 ……マリーナも所詮、エアヘル国の貴族だった。
 国の暗部を身をもって知ったのに、反省することも疑問を持つこともなく、アガタに苦しみを押しつけることばかり考えていた。



 獣人の里に結界を張り、メルとランと共にアガタは旅立った。
 そして半日空を飛び、ギリギリ夜の閉門の前にアガタはダルニア国に到着した――いや、正確に言うと少し前に着いていたのだが弁当を食べたのと、メルの『準備』の為に少し時間がかかったのだ。

「よう、兄ちゃん。また来たのか……今回は、連れがいるのか? 家族……じゃ、ないよな?」

 門番の中年男性が、ランに声をかけてきた。その目が、フードを被っていないアガタ達を見て戸惑う。
 外套のフードを被っているが、この門番はランが獣人だと知っていて、しかし悪さをしない上チップを渡しているランのことは黙認してくれているらしい。
 そして、獣人が蜂蜜を作っているとバレると厄介なので、ダルニア国ではエアヘル国の農家に、エアヘル国ではダルニア国の農家の使用人だと言っているそうだ。

「ああ、雇い主の遠縁の子達だよ。親を亡くして、働き口を探してるっていうから連れてきた」
「よ、よろしくお願いします!」
「……よろしく、お願いします」

 しれっと嘘をつくランの横で、アガタと――アガタより年下に見える、人間の少年に姿を変えたメルが、それぞれ挨拶をした。



最後、アガタ達がダルニア国に来た理由と、メルの見た目の年を変更しました。