人生の中でも稀にみる特別な一日が終わろうとしている。
 
 いや、始まるのは今からなのか。
 
 食事を終えた後、綾が海斗と共にやって来たのはレストランの階下にあるホテルのスイートルーム。
 
 本当の恋人になる事を了承した綾に、海斗は『ありがとう、良かった』と笑ってくれた。それはそれは嬉しそうに。

 そこまでは良かったのだが、次に彼が口にしたのは、さらに踏み込んだ言葉だった。
  
『――じゃあ、今夜はこのまま恋人として過ごしてくれる?』
  
 アルコールと海斗の熱っぽい眼差しに操られるように頷いてしまい、気が付けば今に至っている。
 
 重厚なドアをカードキーで開け、海斗は綾を部屋に招き入れ、綾はガチガチに固まりながら足を踏み入れていた。
 
 この状況が信じられない。
 
 というか、この準備の良さ。海斗は最初からこのつもりだったのでは無いかという気すらしてくる。
 
 いや、自分。いくら流されても良いと思ったとしても、一度に流される距離が長すぎないか。上流でダムの放流でもあったのか。と心の中で面白くも無いツッコミを入れてみる。

 薄暗い照明でぼんやり浮かぶ室内の調度はこのホテルのエントランスと同じく、シックなヨーロピアン調でとても上品だ。
 広く二間続きになっている他に、ドアが別にある。その奥にも部屋があるのだろう。
 
 スイートルームはおろか、こんなハイクラスのホテルに泊まった事も無いので、中を探索したい好奇心はあるが、なんとなく今はそういう雰囲気では無い。
 
「あ、ここからはレインボーブリッジが見えますね」

 どうしたら良いか分からず、ぎこちない動きで汚れ一つ無く磨かれた窓辺に近寄り、外の景色を眺めてみる。
 レストランとは違った方向にと東京の街が見渡せて、また新鮮だ。

「……綾」
 
 後ろに立った海斗の手が腰に回り、抱きしめられる。
 
「あ……」

 肩甲骨が彼のしっかりした胸板に触れる。小柄な体がすっぽり包まれる感覚を覚える。
 さらに耳元で甘く囁かれるとそれだけで全身から力が抜けていきそうだ。
  
 一応大人なので、この後の展開がどうなるかくらいわかっているし、覚悟が無い訳では無い。