翌朝、藤枝さんにクッキーのお礼を言うために、早めに家を出た。


 早すぎて、生徒は一人も見当たらなかった。


 しかし昇降口で待つこと十五分。


「柿原君?」


 予想よりも早く、藤枝さんが来た。


 藤枝さんは靴も履き替えずにいた俺を見つけ、不思議そうな表情を浮かべている。俺の顔を覗き込むようにしているのか、少し傾げた首の角度がなんとも言えない。


 これをほかの女子がやっていたら、あざといと思うだろう。


 だが不思議なことに、彼女がやっていると、ただひたすらに可愛く、癒される。


「えっと、おはよう、藤枝さん」


 コミュニケーション能力を失ったのかというレベルで、ぎこちない言い方だった。


 藤枝さんはそんな俺を笑う。だけど、バカにした笑いには見えない。普通に俺の話し方がおかしいだけだろう。


 俺は普通に、恥ずかしい。


「おはよう、柿原君」


 挨拶を返してもらっただけだ。たった、それだけ。それだけのことなのに。


 俺はこんな小さなことに幸せを感じている。


「柿原君は、ここで誰か待ってるの?」
「ああ、藤枝さんを待っていたんだ」
「私?」


 藤枝さんはさらに首を傾げる。


「昨日のクッキーのお礼が言いたくて」


 納得したように頷いたけど、驚いているようにも見える。


「そのためだけに、こんな朝早くから待っててくれたの?」
「まあ……そうなる、かな」