振り向いたその子は、驚いた表情をした。一瞬俺を睨んだように見えたが、気のせいだろう。


 しかしやっぱり、可愛い。


「あの……?」


 急に面識のない奴に肩を叩かれて、その子は戸惑っている。まあ普通の反応だろう。


 制服のリボンの色から、同学年だということだけはわかった。


「ああ、ごめん。肩に糸くずがついてたから、つい」


 これはターゲットとの出会いでよく使う嘘。糸くずなんて、どこにもない。


 だけど、親指と人差し指で何かを掴んでいるように見せ、その辺に捨てるふりをする。


 こうすることで、だいたいの女子は信じてくれる。


 その子は警戒心をなくしてくれたのか、柔らかく笑う。


「ありがとう。えっと……」


 と思ったら、困った表情を見せた。俺の名前を知らなくて戸惑っているのだろう。


「ああ、俺は柿原。柿原夏輝」
「柿原君。ありがとう」


 彼女はもう一度お礼を言うと、俺に背を向けた。


 いや、待て。それだけか。


 俺は慌てて彼女の行く手を塞ぐ。その子はきょとんとした表情で俺を見る。


「えっと、その……できれば、君の名前も知りたいな、なんて」


 しまった。ちょっと必死になりすぎた。彼女は不審者を見るような目をしている。