「 と こ ろ で ぇ」
佐藤教授の煎れるものとは比べ物にならない香りだけが強いコーヒーを一口飲むと、琴音はわざとなのか管を巻いたような口調で切り出す。
「あの女優……、鳴海香澄、でしたっけ? なんなんですか? 先生にベタベタくっついて!」
「あれは……」
自身に疾しい事などないが、説明するには新刊書籍の映画化の話からしなければならない。
琴音と離れていた間に決まった事だから伝えられなかったが、どんな反応が返ってくるのか心躍らせて言おうとする俺の前で、
「なるみかすみ? なんなの、韻を踏んでるつもり? 全然、霞か雲か、なんて無縁の肉食女のくせに、先生にベタベタベタベタ……!」
悪態を吐く琴音は珍しい。
それが俺への嫉妬なのだから、ゆっくり見ていたい気もするが、嫉妬ならこちらにもある。
「琴音こそ、卒業旅行が男も一緒なんて俺は聞いてない。挙句、あんな酔っ払いに絡まれて……」
「あれは……! こっちを案内してくれたOBの先輩で、旅行自体は女の子だけです!」
言い返す琴音の膨れた頬が可愛い。
OBだろうと許せるものじゃないが、琴音の気持ちが伴わないものなら、今更言っても仕方ない。
「先生はトークショーだったんですよね? 今回はあの鳴海香澄が司会だったんですか? それでまた、狙われちゃってたんですか?」
「まさか!」
ベリーヒルズビレッジホテルであったトークショーを思い出し、吉田の怪しく光るグロスも思い出したが、二人とも俺の眼中にあるはずもない。
「彼女は……、えっと、鳴海さん? あの女優さんは、浪々闊歩の映画のヒロイン役に決まったんだ。さっきまでT出版の接待で、その場に呼ばれただけで……」
「―――浪々闊歩の映画化!?」
いくらファーストフード店とはいえ、琴音は大声を上げて立ち上がった。
「映画化って、どこの回ですか!? 30年以上前の初期の回? それともこの間発売されたばかりの『正助の剣』ですか!?」
そうだった、彼女は筋金入りの広橋文也ファン。大興奮は致し方ない。
俺自身が関わる事のない映像化だが、ここ数日に本決まりしていった情報をあれこれ伝えると、いちいち破顔する琴音の表情を見ているのも、また、楽しい。
「琴音……」
「はい?」
興奮冷めやらぬ彼女に、ふと思ったことを言う。
「俺の会社に入ったら、広橋文也作品の情報は真っ先に全部知れるぞ」
「 !! 」
今、まさに気が付いた! とばかりの琴音の表情に笑いが込み上げてくる。
曾祖母の代から広橋文也の愛読者は、どれだけ好きが過ぎているんだ。