「少しは俺に慣れてくれた?」

野点の賑わいから少し離れたベンチに二人、日本庭園を眺めながら座る。

覗き込んで尋ねれば、初対面の時のようにドギマギするのでなく、俺の質問に小さく、はい、と答えてくれた。

濃紺の着物の袖から出た細い指がキュッとその袖を摘んでいる。

セーターでなくともその仕草はデフォルメで可愛い。



「俺はさ、こんな仕事しているから、見た物全てが作品に反映するんだ」

突然の話題に今度は琴音が俺の瞳を覗き込んでくる。

「幸せな時に不幸な話を、逆に、辛い時に幸せな話を書く事はできるよ」

トークショーで質問された答えを再度言うと横で彼女は頷いた。

「今日、君が俺の隣に居てくれて、俺は嬉しい。この気持ちはいずれ何かの作品の中で、登場人物の誰かが同じように感じて、同じように口にする。つまり……」

日本庭園の芝の上をヨチヨチ歩きの子どもが母親に手を引かれて歩いているのが見える。

「君が好きだと言ってくれた俺の作品は、俺の中の全てなんだ」

二人の着物の裾が吹いてきた風で揺れる。

「優しいだけじゃない、軟弱だったり強かったり、実際にはもちろんしないけど、凶悪な衝動が湧く時もあるし、醜い感情もある。想像で紡ぐ物語だけど、その想像しているのは紛れもなく俺だ」

横を向くと琴音はじっと俺を見つめていた。



「俺の全部をもう琴音は知ってる。作品だけじゃなく、俺を好きになって」

「先生……」


ただ困るだけじゃない。

困りながらも答えを出そうとする琴音が愛おしい。



着物の袖を握る指を解き、俺の手で包み、細く柔らかな指を俺の口元へ持っていき口づけた。



「ずっと、そばにいて……、琴音」




「はい」



柔らかな笑みを浮かべ、琴音ははっきりと頷いた。




承諾してくれれば嬉しいが、まさか今、この場で、この答えが返ってくるとは思わずに目を見開く俺に、

「作品が全部先生だって言うなら……」

琴音は優しい目を細めて笑う。




「私はもうずっと前から、先生が大好きでした」





日本庭園の遊歩道の脇に植えられた、色とりどりに品種改良された彼岸花は、まるで初冬の花火のように見えた。



失意の中で書いた幸せな江戸の家族の姿……。

あの時、この道を選んだから、ここに彼女がいる。



新しい幸せな家族をまた描こう。

君と一緒に。