初冬なのに暖かな日差しがベリーヒルズビレッジのショッピングモール屋上の日本庭園に降り注いでいる。

やや茶褐色になった芝生の上には、真っ赤な野点傘(のだてがさ)と、毛氈(もうせん)のかけられた床几台(しょうぎだい)が鮮やかなコントラストを魅せている。

日本文化に慣れていない人にも敷居を低くする、という視点からか、野点と言っても地面に敷いた敷物に正座で座るではなく床几台に腰掛けるスタイルだ。

床几台の近くには芝の色が緑でないのを補うように、大きな花瓶に赤と白の椿が零れんばかりに活けてある。

平日の昼間の開催だが、喧噪と無縁の艶やかな空間に注目する人も多く、先ほどからホテルやテナントの客や、隣接する病院への見舞いらしい人々が興味深げに覗いている。



そんな景色の中に彼女がいる。



俺が選んだ濃紺の色無地着物に、奇しくも活けられた花と同じく椿の柄の入った帯がよく似合う。

トークショーでは黒タイツがタイプと発言したが、今、聞かれれば、少しも違わず今の琴音の姿形を言うだろう。

つまりは、琴音が俺のタイプなんだ。


はじめは緊張して俺の傍を離れなかったが、お茶屋の跡取り娘が同年代だったからか気が合い、簡単な作法を教えてもらって楽しんでいる。

俺の隣から離れない、というのも良かったが、初めての場所でも馴染もうとする姿勢は微笑ましくもある。

お茶屋の娘の説明に笑って頷く琴音が眩しい。




「おおーい、鼻の下伸びてるぞ」

晃に横から言われ、慌てて顔を引き締める。

「お! 伸びてる自覚、あったんだ」

「そりゃ伸びるだろ、琴音の可愛さといったら……」

「オマエは琴音ちゃんの親父か!」

「晃が琴音ちゃん呼びするな!」

「おおー、独占欲、見苦しいー! でも、確かに可愛いよな。着物慣れしてないって言ってたけど、所作は流れるようで問題ないし……。せっかく着付けても大股で歩く女なんて幻滅するから!」

「俺と父が英才教育してるからな」

7年前、もしかしたらそれ以前の幼い時から琴音は時代小説を読んでいた。

言葉遣いに和装の所作、それはもう、英才教育と言ってもいいだろう。

「おーい、また顔が緩んでるぞぉ」

「悪いか!」

晃のおふざけに半ギレしている俺に琴音が、

「せんせぇ〜」

と、真っ赤な野点傘の下から声をかける。

顔の横まで挙げた腕が捲れすぎないよう着物の袖を反対の手で持ち振る仕草は、まるで俺の作品の中から出て来た江戸の商家の娘さんのよう。


しばし見惚れる俺の肩を、

「ほら、行ってやれよ」

と晃が肘で押す。

 
琴音にあんな風に呼ばれ、言われなくとも行くに決まっている。


そんな俺たちのやり取りをクスクス笑いながら見ている琴音の横へ両袖の中に腕を入れたまま腰掛けると、

「見てください」

と、茶菓子の乗った皿をぐいと近づけられた。


「兎の落雁(らくがん)ですよ、可愛いですよね?」

クスクス笑い続ける琴音。

随分打ち解けてくれた笑みが本当に眩しい。



「琴音の方が可愛いよ」

耳元で言うと、言ったそばからその耳が真っ赤になる。


そんな俺たちのやり取りを晃が離れた所から、あちぃあちぃと手で顔を煽っていた。