「愛果、最近疲れてない?」

 六実さんに見送られて職場に入ったところで、玲那は私にそう言った。

「うん、もう私生活乱れすぎてどうしていいか分かんない」
「はは、自己管理して~」

 むしろ逆だ。管理されすぎている。それがストレスになっているのに。玲那は心の友だけど、甚八さんのことがあってから彼女には私生活のことは言えないでいた。だって、彼女は甚八さんを親しみを込めて「お兄様」と呼んでいたのだから。そんな彼女に、甚八さんと奈良京都に行った、甚八さんと一緒に住んでいた、なんて後ろめたすぎる。それに、玲那は陽臣さんとも面識があるかもしれない。隠すのは心苦しいが、ここまできたら隠し通すしかない……そう思った。

 その日、陽臣さんは私の店に姿を現した。私が休憩から戻ったところで、玲那が彼と話をしていたのだ。

「だから、愛果は僕のフィアンセなんだって。ちょっとだけ、愛果貸して?」
「いや、彼女からそんな話聞いたことないですし! どういう事情があるか存じませんが、お引き取り願います」
「そんなぁ、キミってかわいい顔して結構きついこと言うのね」
「褒めたって変わりません。迷惑ですので早く帰ってください」
「いやだね。愛果に会えるまでここにいさせてもらうよ」

 陽臣さんは店先の長椅子に腰掛けた。長い脚を組んで、堂々とした身なりで。奥からその様子覗いていた私に気付いて、玲那が声をかけてきた。

「愛果、あの人知り合い? なんか強引だし、怖いんだけど……」
「え、あ、うん……なんていうか」
「フィアンセなんて嘘だよね?」
「うん、フィアンセではないと……思う……」
「はぁ? 何で弱気なのよ?」

 そんな私たちに気付いた陽臣さんが、私にウインクを投げてきた。堂々とこちらに向かって歩いてくる。

「やっと会えた、マイハニー!」

 両手を広げて私に近づいてくる陽臣さん。その私の前に、さっと影が伸びた。