「甚八野郎で悪かったな、もなか」

 その声にはっと顔を上げると、今まさに名前を呼んだ人物が立っていた。

「もなかじゃないです、『まなか』です!」
「四の五の言ってる暇なはい。行くぞっ!」

 甚八さんは私の右腕をぐっと掴んだ。

「いや、玲那は接客中だし誰か残ってないと……」
「俺、いるんで大丈夫っすよ。先方、超VIPらしいですね。今回の御茶請けに出す練り切り、気に入ってもらえたらこっちももっと名が売れるって、大将が喜んでましたもん」

 いつの間に隣にいたのか、和菓子職人の(ひじり)将太(しょうた)君が真横に立っていた。

「そういう訳だ、こいつ借りるぞ」
「はい、愛果さん、いってらっしゃーい」

 なぜか笑顔で手を振る将太君に見送られ、私は意味も分からぬまま自分の店から「加倉」ベリーヒルズビレッジ支店へと連行されたのだった。