私はキッチンに立って、料理を始める。料理など全くしたことがないくせに、高級包丁や鍋など全部そろっていたので不思議で仕方ない。この部屋を買った時にオプションでついていたらしいが、彼はキッチンの下の戸棚など開いたこともなかったから知らなかったらしい。たとえ知っていても、何に使うものか分からなかったのではないかと思うけれども。

「甚八さん、ご飯食べれるようにダイニングテーブルの上だけでいいので綺麗にしておいてくださいね!」
「ああ……」

 甚八さんはダイニングに向かったが、こちらが気になるのかチラチラと目線をこちらに向ける。

「そんな心配されなくても、ちゃんと食べれるもの作りますから! そもそも、私今まで自炊してきましたからね、ある程度のことはできるんです!」
「いや、お前の腕は心配していない。ただ少し、興味があるだけだ」

 甚八さんは、おそらく料理をしている光景を見たことがいないんだ。

「じゃあ、テーブル片したら見てていいですよ」

 私がそう言うと、甚八さんは書類をさっさと重ねて自分の寝室まで運び、戻ってきたと思ったらキッチンの前のカウンターからひたすら私の手元を凝視し始めた。しごくやりにくい……、しかし、見てていいと言ってしまった手前、やっぱり見るなとも言えない……。悶々としながら、心を無にして料理を続ける。そして完成したころには、甚八さんはキッチンの中で私の隣に立っていた。

「できましたよ」
「ああ、知っている。見ていた」
「じゃあ、盛り付けて食べましょう?」

 そう言うと、甚八さんはさっさとダイニングテーブルに座る。お皿くらい出してよ、と思ったけれど、きっと座っていれば料理が出てくる暮らしをしていた人にそんな考えなど思い浮かばないのだろう。仕方なく食器棚から適当なお皿を出すと、てきぱきと盛り付けて甚八さんの前に並べた。