その日は難なく仕事を終え、いったん自分の家に帰ってから必要なものを持って、ここに“帰って”きた。正面玄関を入ると迎えてくれる大きなソファ、煌びやかなシャンデリア、それにコンシェルジュのいる光景は、やっぱり慣れない。
 私は預かったままのカードキーを使って、彼の部屋へいそいそと向かった。

「お邪魔しまーす……」
「ああ、お帰り」

 甚八さんはずっとそこにいたのか、ダイニングの上の書類を寄せてできた小さな空間にノートパソコンを広げ、画面とにらめっこしていた。

「お仕事、ですか?」
「ああ、まあな」

 私は彼の邪魔にならぬよう作られた“道“を通ってリビングのソファまで進む。と、その道が向こうのドアの所まで続いていた。

「甚八さん、道、作ったんですか?」
「ああ。お前が帰ってきて自分の部屋までたどり着けなったらさすがに不憫だと思ってな」
「私の、部屋?」
「ああ、お前の部屋だ。勝手に使え」

 私はその部屋の扉を開く。そこは、先ほど帰った自分の家の、二倍はある空間。そこに、ベッドや机やらなんやらが、綺麗に並んでいる。私は思わず扉を閉めて、甚八さんを振り返った。

「ここ、本当に私が使っていいんですか?」
「何のために家具をそろえたと思っている? 今朝方までその部屋は、ただの空き部屋だったんだぞ」
「………ありがとう、ございます」

 突然甚八さんの部屋の中に現れた“私の部屋”。ただそれだけの事なのに、なぜだかすごく心がワクワクするのだった。