夕飯後、日の暮れたベリーヒルズビレッジをのんびりと歩く。来るときと同じように繋がれた手は、大きくて温かい。私は甚八さんを見上げた。下駄がカラコロ鳴らない彼。いつもは袴の下にある、細身のシルエットが映し出された彼。それは、なんだか私だけが彼の秘密を知っているようで、くすぐったい気持ちになった。

 甚八さんはそのまま私の手を引いて、気付いた時には私は彼の部屋の玄関に居た。彼はそのまま靴を脱いで靴下を脱ぎ捨てると、大股で玄関を歩いていく。

「甚八さん! せっかくきれいになった玄関に靴下放らないでください!」
「……ああ、悪い」

 彼は脱ぎ捨てた靴下を拾いに来ると、それをつまんで私に言った。

「なあ、これ、どこに置けばいい?」

 その瞳は、まるで無邪気な子供のようで、私の心臓がトクンと音を立てた。

「とりあえず、リビングの入り口に洗濯するもの積み上げてあるんで、そこにおいてください!」
「了解……洗濯は、しないのか?」
「しますけど。洗濯機の所まで行けなかったんです!」
「そっか、悪いな、その……ありがとう」

 彼はそう言って靴下を手に玄関を進む。その時、私はふと気づいてしまった。なぜだろう。さも当然のようにここに帰ってきてしまった。もちろん、私の家は、ここではない。

「あの、甚八さん」
「なんだ?」
「私、帰りますね。明日仕事だし……」
「あ、ああ、そうか、帰るのか……」
「ええ、帰ります……」

 謎の沈黙が私たちを包む。次の瞬間、甚八さんは小さな声で言った。

「なぁ、お前ここに住まないか?」