連れてこられたのはいつぞやの朝食で訪れた高級レストラン。明らかに場違いな服装……これ、全部あの量販店の服なんですけど! あたふたする私をエスコートしてくれる甚八さんは平然としていて、なんだかずるい。そのまま奥の個室へ通された私は、なぜか甚八さんと夜景を見ながら美味しい料理に舌鼓することになったのだ。

「俺、実は、着物苦手なんだ」
「へ?」

 食事の後のコーヒーを飲みながら、甚八さんは私にそう言った。

「お前、前にここ来たときほっとんど食ってなかったろ? 着物って窮屈だし、汚したらって思うと食えねぇよなぁ……」
「そんなこと、甚八さんでも思うんですね」
「そりゃ思うさ。着物着ているときは、俺だって気を抜けねぇ。いつだって客に見られてる訳だろ? 俺が歩くモデルみたいなもんだからさ」

 そうか、と私は納得した。奈良で胃薬を買ってくれた時も、洋服を準備していてくれたことも、全部甚八さんの体験からだったんだ。彼は私が思っているよりもずっと、着物に対して強い思いがあって、それと同時にたくさんの我慢をしているのかもしれない。

「私の前では、頑張らなくていいですよ」

 私は気付いたらそう言っていた。

「私はど庶民だから、例え着物姿の甚八さんかっこいいなって思っても、手を出せないですから」

 私がそう言うと、甚八さんは深いため息をついた。そして、呟くように言った。

「そのつもりだよ。アンタには、隠すことなんてもう何もねぇからな」