「将太君、ありがとう」

 終業後、厨房の中にいる将太君に私は声をかけた。そこにいるのは、練り切り餡のピンセットを真剣に動かす将太君だけだった。私は出入り口の横に寄り掛かった。

「ああ、なんかすごいお客さんでしたね! 愛果さん動じないし! 尊敬しかないっすよ!」
「いや、将太君も堂々としてたよ? 助かっちゃったもん」
「いえいえ、俺なんかまだまだっす。でも、俺の試作品褒めてもらえたのは嬉しかったなぁ……」
「あの宝石みたいなの、将太君が作ったの?」
「ええ、まぁ……まだ試しですけど、大将が色がいいから店先置いてみろって言ってくれて」
「そうだったんだ……」

 将太君は少し照れたようにへへっと笑って、自分の手の中にある練り切り餡を私に見せてくれた。赤と黄色の、キラキラ輝く前の原石のようなそれは、繊細で美しい。

「これに、飴を掛けるんすけど、温度が高すぎると餡が固くなっちゃうから難しいんすよね」

 将太君の掌の中のそれに魅せられた私は、それをじっと眺めていた。そう言えば、将太君と話すようになったのも練り切り餡をこんな気持ちで見つめるようになったのも、ここ数日の話だ。不意に脳裏に甚八さんが浮かんで私は慌てて頭を振った。

「また悩み事っすか?」

 将太君は多少の事情は知っている。だからと言って、彼の好意に甘えすぎるのはなんとなくよくない気がした。

「ううん、大丈夫」
「大丈夫って言う人ほど、大丈夫じゃないことが多いんですよ」

 将太君はそう言うと、私に手の中の練り切り餡を差し出した。

「どーぞ。どうせ試作品だし。愛果さんが元気ないと、何か調子狂うんすよね、俺」

 そう言って私に練り切り餡を押し付けると、将太君は厨房を出て行った。彼のくれた練り切り餡はとても優しい甘さで、今の私の心を全部綺麗にしてくれそうな気がした。