「おい、朝だ。起きろ」

 その低い擦れた声に、私は目を開いた。
 見慣れない天井が視界に入って、はっとした。ここは……? 体を起こそうと手をつくと、そこには何もなくてただ空を切った。

 ―――バタン!

「落ちた」

 ははっと笑いながらテーブルにコーヒーを置いたのは、甚八さんだった。そっか、昨日私、甚八さんの家に泊ったんだ……。

 昨夜ドキドキしながら彼の部屋に足を踏み入れ、汚部屋具合に驚愕し、腕まくりをして部屋を掃除し30分、なんとか自分の寝床を確保した私は甚八さんに借りたTシャツに着替えて横になった。身長ギリギリ150センチに満たない私には、彼のTシャツはまるでワンピースだ。

 彼の淹れてくれたコーヒーに口をつけると、とても苦くて眠気も吹き飛んだ。

「しかしあれだな、お前も根性座ってるな。男性の部屋でよくもまぁそんなに熟睡できたもんだ」
「な……っ! 私相手に甚八さんが間違いを犯すなんてありえないと思いますけど!」
「まーな。よだれ垂らして寝てるオコチャマになんぞ興味ねーよ。それにこのバカデカいソファから落ちるくらい寝相悪いなんて、赤子か!」

 甚八さんは笑った。私は自分で放った地雷を踏んでしまったことにイライラした。

「ところで今何時ですか?」
「4時半」
「はい? 5時まで30分しかないじゃないですか!」
「15分もありゃオコチャマは家出れるだろ」
「乙女にはいろいろ準備が必要なんです!」
「んなもん必要ねぇよ。ヘアメイクも着付けも俺の店でやる。その後はゲーン夫妻と一緒にホテルで朝食だ。着の身着のままここ出てくれて構わない」
「はぁ……」

 コーヒーを飲み終えたのかさっさとリビングを出て行った彼は、「20分後に出るぞ」と声だけ残していた。私は慌てて出かける準備をするのだった。