深夜のエレベータに二人きり。先ほど抱きしめられたことを思い出し、必然的に鼓動が早まりだした。心配されたのは着物の方だけど!
 エレベータの扉が開くと、彼はスタスタと歩き出した。私は慌てて後を追う。これじゃまるで金魚のフンだ。まぁ、宿無しになるよりはましか……そんなことを思いながら、彼の背中についていく。
 彼がカードをかざして部屋のロックを解除する。その間にも、なぜか私の心臓が高鳴った。男性と部屋に二人きりだけど、この人とだったら絶対に間違いなんか起きないんだから! ただ、明日5時にお店に行けるように、泊めてもらうだけなんだから……

 ガチャリ、と開いた部屋の先を見て、私は先ほどまでほんの少しだけ抱いていた危惧が頭からすっかり抜けた。
 玄関には、脱ぎ捨てられたスニーカー。その先に転がる、靴下。ソファにかけられたシャツ、テーブルの上に出しっぱなしのグラス。中には少し茶色い液体が残っている。床には散乱した何かの資料、そして丸められたティッシュ。

「…………」

 綺麗に揃えられているのは、ここから見える限りでは玄関にある下駄だけだった。

「入れ」
「どこを踏んで入ればよいのでしょう?」

 私がそう言うと、彼ははぁ、と溜息をついて玄関からソファへと続く“道”を作った。ただものを左右に寄せただけだが。

「お手伝いさんとか、いないんですか?」
「俺は基本的には家に人を入れない」
「じゃあ自分のことくらい自分でやったらどうですか?」
「そんなことやってる暇があったらとっくにやってる」
「この期に及んで忙しいアピールですか……もう!」

 私ははぁ、と溜息をついた。多分、私が寝ることになるのはこのソファだ。寝る場所の近くだけでも、確保しなければ。

「少し失礼させてもらいますよ、自分の寝る場所くらい作らせてください」

 私は腕まくりをすると、早々に部屋の掃除を始めたのだった。