そしてその病棟には重い持病で入院生活の長く続いている病弱な少年がいたが、経済的に苦しいのか、ゲーム機もソフトも持っておらず、家庭の事情を子供ながらに理解しているのだろうか、少年はじっと我慢して楽しそうにゲームしている子供たちの輪を遠くから寂しそうに眺めているだけだった。
看護師もそんな少年を心配していて、この日も一人ぼっちの少年を見かけてせめてもの慰めの言葉をかけようとした、ちょうどその時である。
偶然近くで様子を見ていた青年がふと困ったように頭を掻くと、
「ちょっと待ってろ坊や」
と言って病室に消えて行き、しばらくしてから、
「ほら、俺のやるよ。子供たちと一緒に遊んどいで…」
と伝え、自身の病室から持ってきたゲーム機とソフトを少年に手渡した。
すぐにどこからか少年の母親がとんできて礼を言いながら、混乱したように青年に対応したが青年は再び髪の毛を掻きむしり、
「いやいいんです。僕はもうすぐこのゲーム…、…やめるつもりだったんで…。」
と、どこか寂しげに言葉を返した。
彼女は喜ぶ少年と居心地悪そうに頭を掻く青年を、なにか軽い魔法にでもかけられたかのように眺めていた。

それから一週間ほどしたある日、青年が外で一服しようとナースステーションの扉を横切ろうとした瞬間、中から声が聞こえてきた。
それは看護師長らしき人物と若き看護師との会話だった。
「私ね、あの患者さんを病院に置いておくのは正直もう限界だと想うの…。末期の悪性腫瘍で気の毒だとは思うけど度が過ぎている…。今度の会議(カンファ)で議題に出すわ」
師長は憂鬱そうに、だがきっぱりと語った。
しかしその提案に対して若き看護師は一瞬いつもはほがらかな明るい瞳を曇らせたが、
「それは待ってください!痛みがひどくなってモルヒネもふえてますし、彼がルールを守らないのは私にも責任があります。もう少し私に時間をください」
と頼みこんだのである。
「でもねえ…」
若き看護師の申し出に師長は言葉を濁(にご)したが、
「私がなんとかしますから、あの患者さんを看護させてください。お願いします!」
と力強く告げ再び頭を下げたのである。
これには師長も、
「そうよね、あなたのキャリアで最初のステージⅣの患者さんだし強制退院なんて終わり方したくないわよね…。
…わかりました。あの青年の件はしばらく私のところで預かっておきます。