と言葉を閉じた。青年は、暗く俯いて、
「…はい…」
と応え、こうして入院生活が続く事となった。
◇◇◇◇◇◇◇
歳をとり老い衰え死ぬ…。誰しもわかりきった事であり、だからこそ人は日々精一杯生き、為すべき事を為し、後顧(こうこ)の憂いをなくして老いと死に臨むのではなかろうか。しかし、そんな当たり前の人生さえもが閉ざされるとしたら人は一体どうなってしまうのだろうか…。
若き看護師も教科書では習っていたし、ある程度は覚悟していたが、青年の魂は絶望の未来を受け入れる事が出来ず現実を逃避した。
診断が確定してからしばらくしたある日のことである。
看護師が癌による疼痛(とうつう)を抑えるモルヒネの服用の為青年のもとを訪れると、
「すいません、自宅で身辺整理をしたいので外泊します」
「わかりました…でもちょっと待ってください」
看護師は青年の申し出に待ったをかけた。
「外泊は医師の許可があれば可能ですが帰ってくるときにいつも酒臭いですよね。アルコールには副作用がありますし肝臓にも癌が転移しているんですよ!それに煙草!隠れて敷地内で吸ってるし、なによりその本数!肺にも転移してるのわかってないんですか!?告げ口するつもりはありませんけど命を粗末にするような真似はやめてください!」
若き看護師は温厚な性格に珍しく目を怒らせて心配をぶつけたが、それに対して青年は、
「放っといてください!痛てて…」
「ほら、そんな身体で無理するから…。安静にしててください!」
という彼女の心配をよそに、
「看護婦さん、僕もうどうせ死ぬんですよ。死ぬならいっそ好き勝手して早く死にたいんですよ…わかってくださいよ。」
と聞く耳を持たなかった。
炎天下、開け放たれた窓から降りしきる蝉時雨(せみしぐれ)の雑音(ノイズ)が二人の喧嘩の声と相混ざって病室に不協和音をこだました。
人生とは実に皮肉に出来ていて不幸な人間ほど快楽に手を染めるものである。
こうして死を前にした青年と若き看護師の軋轢(あつれき)は酷暑の中、一月(ひとつき)ほども続いた。

『もうあの患者さん面倒見きれない…。…って、だめ!何考えてるの私!?』
情に厚く使命感の強い彼女も青年を看護することに迷いが出始めたそんな時だった。
その頃院内では無人島に自分だけの村をつくり動物達と戯(たわむ)れるオンラインゲームが子供達の間で流行っていた。