「来たわね。あなた、ここで一年の研修期間(プリセプターシップ)も終えたし、そろそろ一人も慣れてきたわね。それで、今日検査入院で入る患者さんなんだけど、あなたに任せたいの。悪性腫瘍(しゅよう)のエンドステージ。あなたにとって初めての受け持ちになるけど…出来るわね?」
優しそうだが、同時に威厳を感じさせる師長からの突然の申し出に若き看護師は、
「えっ?まだそんな患者さん私には…」
と、最初はおおいに戸惑(とまど)っていたが、
「出来る出来ないじゃないわ!やるのよ。大丈夫、フォローするから!頑張りなさい!」
「…わかりました。全力を尽くします…」
と激励を受け、遂にはその覚悟を決めた。

こうして青年のもとへ遣(つか)わされた若き看護師は、精一杯の笑顔を作る。
「はじめまして。担当をさせていただくことになりました。一生懸命お手伝いします。よろしく御願い致します」
「…よろしく…」
それから青年が病棟で病衣に着替え床に就いたのはもう暮れ時になろうとする頃だった。
勢いをつけた雨脚が病室の窓を強く叩いた。
◇◇◇◇◇◇◇
それから死刑宣告を待つ被告のような永い孤独の日々が青年を待ち構えていた。
消毒用アルコールの匂いが染みついた白い無機質な個室の簡素な病院用ベットとサイドテーブル、テレビと冷蔵庫のついた床頭台(しょうとうだい)、天井から伸びた間仕切りカーテン、そして隅に置かれたロッカーとスツールだけが調度品の寂寥(せきりょう)たる病室で、青年は静寂の中、不安や焦燥に耐え続けていた。
CTスキャン、MRI、超音波(エコー)、胃カメラ、大腸カメラ、ありとあらゆる検査が行われた。
若き看護師も検温や食事、鎮痛剤の服用の度(たび)に病室を訪れ、言葉を失いそうになりながら、
「もう夏ですね。今日は全国的に三十℃を超えるそうですよ」
「今年も暑くなりそうですね…」
絞り出したさり気ない会話は青年の気を和らげたようだった…。

そして約二週間後、老医が病室を訪れ、
「残念ながらやはり悪性腫瘍でした。化学療法を受けたくないのであれば通院治療という選択肢もあるが、君は御両親の身寄りがないようだから入院を続けた方がいい」
と、精密検査の結果を伝え、
「…若くしてこのような病気になり心中察して余りあるが、あなただけに出来る事がきっとあるはず。お気を強くお持ちください…」