「違う。はぁ…着付け教室の方に、
もう行ってると思って油断した。」

着ていた上着を脱ぎ捨てた蛍は、

ピアノの椅子に座り、鍵盤に触れた。

ポロンと音がする…響くわけではない。

じんわりと滲むインクみたいに、

胸の中に溶けてゆく…温かい…。

「ピアノってこんな音だったんだね…」

大きな溜息をつく蛍…一瞬の沈黙が、

ギュッと心臓を締め付ける。

「この間聴かせた歌…ボツにした。」

「え!?そう…綺麗な歌だったけど、
ボツなんだ?音楽って難しいね!」

どうしよう…何か気の利いた言葉…。

あぁ、もう超会話下手くそ!!

ほんと…まじで人間何年目だよ!!

「…嘘を書いたから綺麗なんだよ。」

「嘘…?」

あの切なくて…温かい恋の歌が嘘?

「え、どういう…意味?」

「嘘を上手くつく時は半分本当の事、
半分をデタラメにすると良いんだと。
俺の想いはあんなに綺麗じゃない。
嫉妬に焦燥、不甲斐なさで狂いそう。
あんな旋律のあった歌にならない…。」

「…確かに凄く綺麗に創られた歌。
機械に恋愛を語らせているみたいに」

蛍は力なく頷いて嗤った…。

「そう、だから…嘘。」