気まぐれで、とても口の悪い美少女のことは校内では非常に有名な話だった。
かといって嫌われている訳ではなく、近寄りがたい野良猫のような距離感。
僕がその女の子と関わることになるのは偶然に過ぎなかったが、それ以上に興味が湧いたのは必然だったのだろう。
宮代 玲という名の女の子には、人を惹きつける不思議な魅力がある。
僕もその魅力に惹き付けられた一人に過ぎない。
宮代玲の口の悪さは興味だけで湧いてくる輩を牽制する為のもので、自分を守るすべなのかもしれないと思う。
世界を嫌って、滅入って、腹が立って
宮代玲はいつも何かに怒って悲しんでいるような気がしてならなかった。
僕はそんな君のことが、気になって仕方がない。
学校の帰りに私を含めた女子数人とレストランへ向かった。
いわゆる合コンの人数合わせだ。
ついた頃にはもう他校の男子生徒がいて、ワックスで髪を整えたり、身嗜みを気にしていた。
「あ、こっちこっち!」
私たちに気づいた茶髪の男が手を振って大声で呼びかけた。
少しくらい声を抑えられないのか、と嫌悪感が胸を掠める。
「え〜っと、宮代さんだっけ」
席に着くとさっそく茶髪の男が声を高くしながら私に話を振ってきた。
「本当に可愛いね。宮代さんくらいに美人で可愛い人見たことないよ」
「それは、どうも」
素っ気なくそう答えると、隣に座っている仲間さんからは怖いほどの憎しみの視線をいただいた。
そっちが私を誘ってきたのにと思った。
仲間さんが私をこうゆう場に誘うのは大抵、男を集めるための餌のような役割の時だ。
そのために私は呼ばれている。
「あんたが来ないと意味が無い」
仲間さん本人からそう言われた時は、なんだか馬鹿馬鹿しくて肩をすくめることしか出来なかった。
そしてそれを承知で来てしまってるんだから私も同じ馬鹿だな。
でも今日は本当は断ろうと思っていたのだ。
ここ最近体調が優れない、そのせいか胸のあたりにごわごわとした違和感があった。
それがなくとも、少し熱っぽいのだ。
いつもの流れでつい来てしまったがもう限界だ。
「ちょっとトイレ行ってくる」
地獄のような気分と空気に耐えられなくなり席を立った。
洗面所にもたれかかり少し休めば、幾分かはましになったが、それでも鏡で顔を見れば、血の気の引いた青白い顔が写っていた。
よくこんな顔なのに周りから何も言われなかったものだ。
見ているようで全く見ていないのだなと思う。
私の根元の奥深くは誰も見ようとしないのだ。だったら私も誰にも見せない。そうしないと生きていけないから。
「ねえ、このあと抜け出さない?」
トイレから出ると、茶髪の男がいた。薄寒く口角を上げて微笑み、私をとらえる粘着質な視線に鳥肌が立つ。
まさかこんな下心丸出しのやつに、のこのことついていくとでも思っているのだろうか。
「遠慮しとく」
「は? なんで?」
男は目を丸くした。
「先に帰るわ。他のやつにも言っといてよ」
私はあらかじめ持ってきておいた鞄を肩にかけ直して踵を返した。
男は断られることを予想していなかったとでも言うように、顔を真っ赤に染め上げ拳を握りしめる。
世の中こんな奴ばかりだ。なんでも自分の思うようになると勘違いしている。
もう勘弁して欲しかった。
周りからの評価、イメージ、レッテル、そんなくだらないものにばかり焦点が当てられて肝心なことには見向きもしない。
頭がおかしくなりそうだ。
レストランを出てすぐのことだった。
後ろから腕を掴まれて、ひっくり返るかと思うくらいの強さで引かれた。振り返るとさっきの茶髪の男だった。
「なんだよ、つけてきたのか」
思わず眉を潜めて言った。
「何、まだなんか用」
「お、お前な。俺がわざわざ話振ってやったり気を配ってやったのに、そんな態度とるのかよ!」
息が荒く、こちらまでしんどくなりそうな怒り方で詰め寄ってきた。
「ちょっと可愛いからって、俺に恥かかせんなよ」
その言葉を聞いた時、私の頭はすっと冴えた。
「知るか、うざいんだよそういうの。恩着せがましい馬鹿野郎が」
冷たく言い放った私に、男は声を荒らげた。
「……っくっそ、調子乗りやがって!」
男がついに拳を振り上げた時だった。
タッタッタッと軽快な足音と共に
「ちょっと何やってるんですか!」と向こうから制服を着た背の高い男が走ってきた。
茶髪の男は予期せぬ乱入者に驚き、尻もちをつきかねない勢いで後ずさった。
「物騒ですよ! 何してるんですか、女の子に」とすごい剣幕で駆け寄ってくるその人を見て、
茶髪の男はじりじりと後ろに下がっていき、ついには私を殴りつけることも忘れて一目散に逃げていった。
「ねえ、君、大丈夫!?」
助けてくれた男の人が問いかけてからやっと自分の状況に気がついた。
私は胸を押さえて蹲っていた。
「……っ」
息が漏れる。
「ええっと、こういう時って、どうするんだっけ……救急車、救急車だよね!」
私の喉からヒュッヒュッと息が漏れ、うまく呼吸ができなくなった。
胸をつねりあげられたような激しい痛みに、ついに私は倒れた。
オロオロと私を助けようと必死にスマホで話しながら、私の背中をさすっている男の姿を息苦しい視界から見る。
意識が朦朧としていて、こんなにも死にそうなのに
必死すぎる彼の行動に感謝するよりも先に、笑いそうになってしまった。
目覚めた時は病院のベットだった。
ベット脇には私の叔母がパイプ椅子に腰掛け、眠っていた。
また心配をかけてしまった。
私は女性には珍しい気胸という、肺に穴が空いてしまう病気だ。
何度もこういう事態があった、多分また再発してしまったんだろう。
医者には何も言われていないが、自分のことは自分が一番よくわかっている。
「……ん、んん」
叔母の秋子さんがうんと伸びをして、目を覚ましている私に気がつくと
「ああっ! 目が覚めたのね!」と言った。
胸はまだ痛むかしら、息は大丈夫? と慌てて畳みかけられ、私は沢山心配をかけてしまったんだなとひしひしと感じた。
両親が死んで、孤独になってしまった私に唯一無条件で優しさをくれた人が秋子さんだった。
私は病気持ちだ。
私と暮らして良いことなんてひとつもないだろうに、彼女は嫌な顔ひとつせず優しくしてくれる。
いつも人を疑ってみたり悪態をつく私もこの人だけは、そういうことをしないで良いと思えた。
「もうほとんど大丈夫。意外と元気で自分でも驚いてる」
本当は胸が少し痛んだが、秋子さんに微笑んで見せる。
「いいえ、強がってもダメよ、まだ痛いはずだし。無理してるのバレバレなんだから。
まあでも一週間で退院できるみたいだから、安心したわ」
秋子さんは、抉れた傷口を見ているみたいに私に笑いかけ、布団をぐいっと引き寄せてかけてくれた。
昔から秋子さんには少しの誤魔化しもきかなかった。
私の全てを見透かしたような、それでも嫌な気はしない。まどろむような心地良さがあった。
「あ、そういえば病院までついて来てくれた男の子、また今度お見舞いに来てくれるらしいわよ」
秋子さんが言った。
「あ、あの子か」
「なあに、良い人そうじゃないの。
一緒に救急車に乗って私が来るまで玲ちゃんについていてくれたんだから。
あんな親切な人なかなかいないわよ?」
ここまでついてきてたのか……。
珍しい体験に好奇心が勝ったのか、あの茶髪の男よろしく見返りのために助けた可能性だってある。
それとも病人を助けようとするただの善意か。
なんにせよ、私が無事この病院で息をしていられるのも、あの男のおかげと言えるだろう。
「今度お礼でもしておく」
「そうね。たしか玲ちゃんと同じ制服だったと思うんだけど、知り合い?」
クスクスと口元に手を当てて秋子さんは笑った。
いつも眩しいくらいにキラキラした笑顔の秋子さんを私もちょっとは見習うべきかもしれない。
「どうなのよ、玲ちゃん」
「いや、全然。あれが初対面」