なのに。

「……どうして」

私の右手が、大きくて温かい手に強く掴まれていた。

「離して」

下からきっと睨みつける。

視線の先には、さっきまで寝ていたという話のはずの橘くん。

いつもそうだ、橘くんは私の邪魔をする。

「死にたいの。離して」

上から言葉が降ってくることはなく、ただ握る力がぐっと強くなる。

「死なせる訳にはいかないんだよ」

「何でよ、橘くん、私のこと怒ってるでしょ。早く離してよ。こういうときだけ正義感振りかざさないで」

「うるせぇ、お前の言うことなんか聞くかよ」

私の罵倒などものともしない、とでもいう顔で私を引き上げた。

足をバタつかせても、腕を大きく振ってみても、効果はなかった。

「何で助けたの!!」

引き上げられるなり、私は橘くんに叫んだ。

「どうして、死なせてくれなかったのよ!」

叫んでいて、涙が溢れて、こぼれ落ちていく。

……私、何やってるんだろう。

「……」

「私は生きる希望を失った、だから、生きる意味なんてない!皆に疎まれ、無味乾燥な世界を生きていくなんて、耐えられない!!」

「……どんなに辛くても、生きなきゃなんないんだよ。生まれてきた生命は、生きる義務がある」

「綺麗事ばっかり言わないで!!」

こんなときばっかり。

どうして今助けて、あのとき助けてくれなかったの。

「千稲って子が亡くなったんだろ。その子もこんなことは望んでないはずだ。それに、お前が死んでも意味がない」

「生きていても意味がないのよ!あなたは、皆から必要とされてる、でも、私は……私はあなたとは違うじゃない!!」 

大きくて、温かい手が私の冷めた手を包んだ。

涙で霞む中、ぼんやりと見えたのは橘くんの悲しげな笑顔。
 
――同じだよ。

そう唇が動いているように見えた。

「……生きろ。与えられた命を、最期まで燃やせ。自分から命を断つことは、亡くなった人への冒涜だ」

……正論だ。

でも、一度亀裂の入った心からはとめどめなく思いが溢れる。

「私は心臓に爆弾を抱えてる!学校にも居場所がなくて、唯一の太陽も失った。どう生きろって言うのよ……!」

「……ったく、うるせぇなぁ。ぎゃんぎゃん騒ぎやがって。もう黙れよ」

さっきまでの正義のヒーローっぷりから一転、橘くんは面倒くさそうに頭を掻いた。

「そんなに死にてぇなら、飛び降りてみれば?」

これは、どういう意図があるのか。

私が遠慮なく窓へ近づいてもぴくりとも反応しない。

私は諦めたととって、窓枠に手をかけた。

「さよなら」